見送りを断った龍星は一人、牛車に乗り込んだ。
ありえない気配を感じて思わず構える。

「驚かす気はなかったの、ごめんなさい」

即座に影が声を出した。

「何者だ」

龍星は思わず声をあらげた。

「毬よ」

凜とした涼やかな声。
これが噂の。
夜闇に慣れてきた瞳をこらす。
髪を無造作に束ねた細い影は、遣いの小僧が着るような着物を纏っていた。

「人の車で何をしていらっしゃいますか?お父様が心配してらっしゃいましたよ」

龍星は穏やかに話す。

「あれは自分の心配をしているだけよ。風変わりな姫がいるなんて知られたら、出世に響くと歎いてるだけよ」

そこまで一気にまくしたて、影は龍星を見た。
まだ幼さの残る顔ではあるが、確かに綺麗で意思の強そうな瞳が印象的だった。

「……あなた、私を殺しにきたの?」

怯えると言うよりは、戦う瞳だった。


「いいえ。
そんな気はさらさらありませんから、その短剣から手を放してくれませんか?」

龍星の言葉に、毬は背中に隠していた左手を出した。短剣を握りしめる手は震えている。


「ごめんなさい」

少女はばつが悪そうにうなだれた。まるで叱られた仔犬がしょげているようだ。