毬は軽く食事を取って、庭の花を愛でていた。

荒れ野のように放ってあるその庭は、毬に嵐山を思い出させていた。

「気に入りましたか?」
縁側に座り込んで飽きることなく庭を眺めている毬に、龍星が声を掛ける。

「うん、この庭に降りてもいい?」
「どうぞ」

龍星がパチと手をたたくと、そこに履物が現れる。

「これ……」
「どうぞ」
呆気にとられる毬に、龍星は柔らかく笑って見せた。

毬は庭に下りて、花を一つずつ眺めては遊んでいた。

次第に日が翳ってくる。

毬は庭から上がり、書物を読んでいる龍星に声を掛けた。

「ねぇ、龍星様。
 今日、雅之様ここにいらっしゃる?」
「約束はしてないので、分かりませんが。
 呼びましょうか?」
「ううん。
 どこに居るのか知ってたら、私、会いに行くわ」
「では、一緒に参りましょうか」
「……そんなの。
 龍星様にご迷惑だもんっ」

ふるふると、毬は首を横に振る。
ご主人様の機嫌を伺う仔犬そっくりのその瞳と仕草に、龍星は笑いを隠せない。

そして、そのままふわり、と、龍星は簡単に毬を抱き上げた。

「きゃぁっ」
毬は怯えてというよりは、むしろ驚いて声を上げた。

「迷惑だったらこんなところに連れて来ないよ。
 そんなに遠慮されたら淋しいな」

艶やかな紅い唇を、毬の耳元に近づけ、甘い声で囁くように言う。
思わず照れて頬を染める毬の様子を見つめ、楽しむかのように笑う。

「龍星……様……。
 私、ちゃんと歩けるから」

「降ろして欲しいの?」

こくりと頷く毬は、まったくもって愛らしい。

「降ろしたら、一人でどっかに行ってしまうでしょ?」
「ここにいるからっ」

口付けされそうなほど顔が近づいて、毬は思わずそういった。

「そう、じゃあ約束ですよ?」

こくこくと、毬が頷くのを見届けてから、龍星はそっと毬を下へ降ろした。