「気丈だな」

左大臣家の客間で、眠ったまま医師の手当を受けている毬を見て、雅之が言う。

「全くだ」

これには龍星も同意した。

妖怪退治には慣れている二人だが、こういうとき巻き込まれた第三者は必要以上に混乱を起こし、泣き、助けてくれるものに深く頼る。
それが常だというのに。

毬は泣くことも助けを求めることもなく、一人で必死に戦った上、龍星の身を、雅之の心を案じたのだ。

これを気丈でなく、なんと言おうか。

「……龍星、俺は彼女に何をしたのだ?」

雅之が恐る恐る口を開く。

「正確なところは姫に確認するほかないが……

 察するに、口説くとか、落とすとか押し倒すとか。

 そういった類のことだろ」

龍星は顔色一つ変えず、さらりと言う。
が、言われた雅之のほうは、分かりやすく顔を朱に染めた。

見目麗しく、人気もあるのに、当の本人は何故かとてつもなく奥手で21歳になろうかというのに、浮いた話の一つも出てはこない。

「お……押し倒すって、ままままままさかっ」

「いや、どう考えてもお前本人とは関係ないことだよ。

 姫が信じるかどうかは別にして、俺にはわかる」

雅之の狼狽ぶりを、楽しむかのように龍星は続ける。

「ちなみに、先ほど姫の部屋に入ったとき、俺には残像が見えたのだが。

 女性を口説く自分について、もっと詳しく知りたいか?」

「頼む、頼むからもう、その件については触れてくれるな、龍星」

何故、何もしてない本人がこうも狼狽するのか。

龍星は笑いをかみ殺すのに必死だ。

「もう、毬姫には逢わない方が良さそうだな」

今すぐ目を覚まして、また怯えさせては可哀想だと、雅之は部屋を出る。龍星は雅之を追った。

「心配には及ぶまいよ、雅之」

「何がだ?」

「忘れるように暗示をかけておいた」




「は?」




しばし、呆然とする雅之は、直後

「それを先に言えよ、龍星。人が悪い」

と、頭をかきながら、安堵の息を吐いたのだった。