――『…え?咲坂ちゃん、岩崎先生にチョコ用意してないの?!』


薬剤部の更衣室で、白衣を羽織りながら準備をしていた私に、隣で更衣していた前田先輩が至極驚いた表情を見せた。

その顔は、チョコを準備していないと言った私に、正気かと言わんばかりの驚き様だ。


「さっきから、そう言ってるじゃないですか。…何かいけませんでした?」

『いや、だって……今日が何の日かくらいは知ってるっしょ?』

「…はい。」


前田先輩ったら、今更何を。

昨日なんて、帰宅しようと準備をしていた私のそばで、わざとらしく今日がバレンタインデーだと高らかに言っていたくせに。

それに、今朝のあの状況を見て、バレンタインに気づかないほど、私も鈍いわけではない。


『これは……岩崎先生も大変ねー…。』

「朝も大変そうでしたよ?多くの女性に囲まれて、抱えきれないほどのチョコをもらって。」


2、3個ならまだしも、10を頭に超えるあの量じゃ、ホワイトデーのお返しも大変だなぁ…。

そんなズレたことを思いつつ、自分のロッカーに鍵をかけていた私を横目に、前田先輩が盛大なため息をついていたけれど、この時の私にはまったく気にも留めなかった。