チャイムが鳴った。
終わった…いろんな意味で終わった。
クラス全員がテストから解放されて、
いきいきとしながら教室を出ていく。
そしてそそくさと部活に行く準備を始める前の席の人。
よっぽど野球が好きなんだろうなぁ
なんだかニコニコしてて可愛い…
思わず笑ってしまいそうになった。
「ね、今から挨拶の練習するからさ、聞いてて!お願い!」
「うん、いいよ!じゃ、一年E組の宇野詩織さん、どうぞ〜」
「えっと、一年E組の宇野詩織です、えーっと…
……なんだっけ」
「別に紙見てもいいんじゃない?」
「いいかな?いいよね!よし!
一年E組の宇野詩織です、まだまだ全然野球に詳しくないんですけど…___ 」
詩織の入部挨拶を聞いてる中、
あたしの耳にはもう一人の人物の声が聞こえてきた。
「よぉー圭吾ー、東山のやつすぐ部活始めるからよ、早く行こーぜ」
その声に応じるかのように
私の心臓が反応した。
………南…先輩?
慌てて後ろを振り返った。
そこには素敵な笑顔で笑っている南先輩がいた。
ーードキッ…
180cmはある長身で、オーラもキラキラしてて…
こんなに近くで見たの、いつ以来だろう…
南先輩……ほんとにかっこいい……
「……っと、ちょっと!おーい!」
完璧にうわの空だった私を
詩織の声が引き戻してくれた。
「…ぁ、ご、ごめん!よ、よかったよすごく!」
「嘘おっしゃい。全然聞いてなかったでしょー。
なんせ、萌愛の大好きな南先輩が来たもんね?♪」
「だ、大好きじゃないよ!?尊敬してるの!ほんとごめん!もう一回聞かせて!」
私は詩織の前でパチンッと手を合わせた。
「ふふっ、いいよ、大丈夫だから。
せっかくだし、南先輩としゃべっておいでよ!」
「え!そんなの無理だよ!そんな、馴れ馴れしい…」
「もーずっとそんな調子だったら誰かに取られちゃうよ!」
詩織ってば絶対私が南先輩のこと好きだって思ってる…
「好きじゃないんだってば〜」
「あ!ほらー、南先輩行っちゃった」
「えっ」
もう一度振り返ると、もうそこに南先輩はいなかった。
悲しいというか、チャンスを逃したというか…
そんな気持ちが私の中で溢れた。
「いいの!部活でまた会えるから」
「まぁね♪ これから放課後毎日会えるもんね♪」
「言っとくけど、ほんっっとうに、好きとかじゃないからね!わかってね!」
「はいはい♪ ほら!早く行かなきゃ!」
も〜、絶対聞いてないんだから…
でも本当に私は、南先輩のことを1人の男性として好きっていうわけじゃないんだ。
ただ、かっこよくて、尊敬してて…
南先輩みたいな人、絶対彼女いるんだろうな…
もしいたとしても、私には関係ない話だよね
そんなことをあれこれ考えながら、
私は詩織と急いで部活に向かった。
部員たちで盛り上がっている部室に入ると、
当たり前のことだけど、そこには南先輩がいた。
やっぱり一際目立ってるなぁ…
尊敬している人とこんなに近い空間にいれてるなんて、
中学の頃の私に教えてあげたいくらいだよ…
そういえば、今年の新入部員は17人なんだ。
二年生が16人で、三年生が14人。
一人二人しか変わらないけど
私たちの学年が一番多いんだね。
この三年間絶対西高校が甲子園出場して、
もう一度『ミラクルウェスト』って
西高校の野球部を全国に知ってもらうんだ。
私は手に強く力を入れた。
そのあと顧問の東山先生が入ってきて、
一人ずつ挨拶が始まった。
噂では聞いてたけど、やっぱり東山先生って怖いなぁ…
太い眉毛、大きな体。
言ったら怒られるけど、一見プロレスラーに見えちゃうよ…
声と顔のインパクトが…凄すぎる……
「じゃ、小笠原圭吾、お前から言え」
そう名指しされてその場に立った人。
全員の目がその人に集まる。
……あっ、私の前の席の人!
思わず二度見した。
この人、小笠原圭吾っていうんだ…
「えっと…一年E組の小笠原圭吾です。えー…南とは…じゃなくて南先輩とは小中と一緒にプレイしてきました。ポジションはショートです。一年生らしく元気に頑張ります。よろしくおなしゃす!」
南先輩と小中一緒にプレイ?
えっ…南先輩とずっと一緒にプレイしてきた人?
あ、だからさっき、教室で話してたんだ…
それに、ポジションがショートだなんて、
この人すごい!
無意識に拍手が大きくなってしまった。
「ねぇ萌愛、あの人、南先輩とずっと一緒にプレイしてきた人なんだって」
「うん!すごいね!それに、ショートだよ!」
「あの人萌愛の前の席の人でしょ?
仲良くなれたら南先輩のこと、いっぱい聞けるんじゃない?」
あ、たしかに…
でも、同じ部活だからって、いきなり仲良くなろうなんて無理だよね…
しかも、いきなり南先輩のこと聞いたら
野球部に変な噂流されちゃうかもしれないし…
「何度も言うけど、好きじゃないからね!」
「わかってますよ♪」
嘘だ。絶対嘘だ。
小笠原圭吾くん…
で、もう一人の同じクラスの人が、
三谷晃平くん。
ちょっと前まで高校生活どうなるか不安だったけど、
なんだか前よりもずいぶん楽しみになってきたな。