苦痛の解放をお知らせするチャイムが鳴った。



教室のあちこちで喜びと安堵の声が飛び交う。




とりあえず長い。
こんな長時間ずっと同じ体制でいるなんて、
耐えられないにもほどがある。



やっぱりテストというものは
この俺には向いていないということを改めて実感した。





「なにそのニコニコ笑顔。けーちゃん入部の挨拶考えた?」



もうすぐ入部だと考えると、俺はワクワクして
どうも無意識に笑顔になっていたらしい。



こいつは三谷晃平(みたに こうへい)
俺の幼なじみ。

さっき北見に抗議したやつ。




女好きで可愛い子には目がないけど
意外と人を思いやれるやつだ。



「んなもん、アドリブ!」


「さっすがけーちゃん!!俺は絶対そー言ってくれると思ってた!!」


「なんだよその、俺なら絶対考えてない前提で聞いた感じ」


「まぁまぁそう怒んなって♪
俺とお前の考えてることは大体一緒なんだよ、な?だから喜べ!」


「………嬉しくない」


「ツンだな♪」


ドMめ


ダメだ。
こいつに何言っても喜ぶだけだ。



まぁでも正直なところ晃平のおかげで思い出したけど
そういえば入部の挨拶あんのか

すっかり忘れてた


アドリブとか言っときながらも
入部の挨拶を適当に考えながらカバンに荷物を詰め込んでいると、
教室の後ろのドアに
誰かが立っているのが視界に入った。




「よぉー圭吾ー、東山のやつすぐ部活始めるからよ、早く行こーぜ」




教室の後ろのドアから聞こえた声の主は
小中高とずっと一緒の南敬(みなみ たかし)


タメ口だけど一応1個上の先輩だ。


「おぉ南!今日からまたよろしくおなしゃーっす!」


「おいその呼び方やめろ。せめて部活では南先輩って呼んどけ」


「へ〜い」


「あ!南さん!今日もイケメンっすね!羨ましっす!!」


「晃平お前、相変わらずだな。いい加減早くベンチ抜け出せよ」


「南さんそれ言わないでくださいよ!今年こそ絶対四番なるんで!見ててください!」


クラスにわずか残っている女子たちが
晃平を見てクスクス笑っている声が聞こえた。


この感じもやり取りも、昔から何も変わってない。


本人には言えないけど、
俺は心のどこかで南を尊敬してるんだ。

尊敬する人でもあり、自分の中のライバルでもあって。



南とは、打撃の回数とか、走りの速さとか、ホームランの数とか、今まで数え切れないほど競ってきた。


けど、まだ満足がいくほど何一つ勝ててない。


だから高校でまた同じチームになったからには
今度こそ絶対に勝ってやるんだ。


絶対に負けねぇからな、南。


そんな決意を自分の心の中に抱いて、
俺は南と…南先輩と晃平と一緒に
急いで部活へ向かった。










ーー「…よし、全員揃ったな。一年全員一人ずつ挨拶していけ」



顧問の東山(ひがしやま)がドスの効いた声で俺たちに言った。


東山……俺の親父の元先輩。
詳しくは知らないけど、昔はよく遊んでたって聞いたことがある。


この東山が?遊ぶ?
ダメだ。今の声が低すぎて少年の頃の東山が全くと言っていいほど想像出来ない。
声変わりでこんなに低くなるもんなのか…?


………いや、ならないだろ



「じゃ、小笠原圭吾、お前から言え」


部員たちの目が一斉に俺を注目した。
思わず顔がひきつる。

痛いほどの視線を集めながら俺はその場に立った。


「えっと…一年E組の小笠原圭吾です。えー…南とは…じゃなくて南先輩とは小中と一緒にプレイしてきました。ポジションはショートです。一年生らしく元気に頑張ります。よろしくおなしゃす!」


拍手と共にあちらこちらから「よっ!」とか「よろしくな!」という声が飛んでくる。


なんとなく、素直に嬉しかった。
ここでまた、大好きな野球ができるんだと思うと
今すぐにでも広いグラウンドに飛び出して
思いっきり場外ホームランを打ってやりたいくらい
一気に気持ちが高ぶった。



順番に一人ずつ挨拶が終わっていく。


話の長いやつ、笑いをとって盛り上げてくれるやつ。

案の定、晃平は滑りまくっていた。


新入部員17人とはいえ、
こんなに長くなるとは…




「…じゃ、ラストはマネージャーの二人」


あぁそうか。マネージャーもいるんだ。
既に俺は睡魔に負けそうになっていて
意識も朦朧としだした中に、その言葉が耳に入ってきた。


「はい。えっと、一年E組の、川端萌愛です!
とにかく野球が大好きです!皆さんをサポートできるように全力で頑張るので、よろしくお願いします!」





…一年E組の…




眠気と意識を無理やり起こして
その声のする方を見た。


そこに立っていたのは…




………モアイさん…





今名前なんて言った?肝心なところを聞いていなかった。
ていうか、モアイさん、マネージャーなんだ…



「な、おい、圭吾」


「なんだよ」


晃平が小声で俺に言い寄ってきた。
言うことはだいたいわかる。


「あの子可愛くね?」


でた…


「お前さ、まじでいい加減顔だけで決めんのやめろよ」


「別に好きって言ってない!可愛いな〜と思って。圭吾の好きそうなタイp…」


「はぁ!?」


しまった。思わず大きな声を出してしまった。


「おい圭吾うるさいお前」


南の一声で周りがクスクスと笑う。


「すいません…」


ジロっと隣にいる晃平を睨むと
晃平はとぼけたような顔をして違う方向を向いていた。



こいつ……