少し、彼が彼女の話に相槌を打つ時間が続いた。
けれどそれも、食事が終わるまでだった。
ウェイトレスがお皿を下げたら始めなくてはいけないからだ。


“どうして別れたいの?”

“君のせいじゃなくって僕が悪いんだけど・・・”

振り出しに戻ったような彼の言葉。
彼女はそんな事望んではいない。

“チョット待って、それじゃ分からない。”

“ただ遠まわしに否定されてる感じする。”

“他に好きな人が出来たとかでもないの?”

彼は違うと言うけれど、彼女には何か隠しているとしか思えない。
隠してると言えば彼が隠れて見ているビデオの中の女の人を思い出す。
私は・・・と考え巡らす。
胸ある方じゃないし、女子高生でもナースでもない。
それから・・・スクール水着も着ない。
やっぱりそう言う努力は大切なのかしら?と思う。

“バカ、何言い出すんだよ。”

素直に聞いてみると妙に照れた彼は可愛かった。

“あれは・・・体の問題で、今は心の話。”

言い訳がましい彼をなじる彼女。
それから少し、そして長くバカ話をした。
普段話さないような事や、互いのそういう趣味の事を。
二人はこんな話をきちんとしたことがなかった事に気付いた。
何度となく重ねた体なのに、だ。

けど違う、今はこんな話よりもっとしなくちゃいけない話がある。
先に切り出したのは彼だった。

“ちゃんと聞いてくれ。”

“今まで居てくれたことホント感謝してる。”

“けど、俺は思われてるほど良い男じゃない。”

“フラフラ生きてきたし、思いつきでやってきただけだし。”

彼には珍しく少しキツめの調子で言う。
けど、彼女にはこっちの方が馴染みが合った。
今までのどの別れ際もそうだったから。

“そんなの、分かってる。”

“けど上手くやって来てるじゃない。”

“今の仕事だって、小さい会社だけどその分色々出来て上手くいってるって。”

彼は顔をしかめた。とても苦々しくて滅多に見せない苛立った顔。

“そうだけど、そう言う事じゃなくて。”

“じゃあどう言う事なの?”

“分かんないかな?”

彼女にとってはとても落ち着いてなんていられなかった。
“彼を尊敬し、愛している”それを認めて何がいけないのか?
彼女にとっては何処に出しても恥ずかしくない素敵な自慢の彼なのだ。

そこへ、彼はゆっくりと間を取って低く押し殺して呟いた。

“重いんだよ。”




重い?


70年代の頃流行った曲。
これは誰の曲だったろうか?彼には思い出せない。
中々軽快で、音の弾み方がシュールに刻まれていく。
確か曲名が“滑稽”だったか。
その古いJAZZがやけに心に刻まれていく。
途切れてしまった二人の絡み合っていた感情の隙間を埋めるかのよう。

静かに、怒鳴ってしまった事を謝り彼は言う。

“今までずっと君の事は大切に思ってきたし、それに応えてくれた事。”

“その感謝は今も変わらない。”

“けど、その間ずっと・・・”

“応えてくれた君の期待を裏切らないようにしてる自分がいた。”

“大切にしたいからそうしていたのも事実。”

“だけど、その反面。君の前では弱い所が見せれなかった。”

“大切な人を側に置いておけるほど器用な男なんかじゃない。”

“ワガママなのは分かってる。バカだって事も。”

“ごめん、別れてくれ。”





“何よ、やっぱりそうじゃない。”

虚ろにそう呟くと彼女は静かに店を出て行った。