確かに夕方と言うにはあまりにも空の色は闇に差し掛かっている。
雨降りの事を差し引いても十分なほど。

彼ものせられてしまった訳ではないが海鮮パスタを頼む。
そんな彼を見て、少し昔話を彼女は思い出していた。


大学の終わり頃に今の彼と出会った。
その当時、彼女は付き合っていた人の浮気に耐えかねて別れたばかりだった。
それまでも浮気されるか、他に好きな人が出来たと言われるか・・・。
やる事成す事上手く行かず、本当に窮屈になってしまっていた。
そんな時今のこの彼に出会った。

公園を友達と歩いていると、似顔絵屋さんに声を掛けられた。
似顔絵なんて・・・と思ったが、人気な似顔絵屋らしく友人は強く勧めた。
結局、断りきれずに描いてもらう事になった。

“真っ直ぐこっちを見てくれる?”

そう言われて、似顔絵屋さんの顔をマジマジと見ると髭面の男性。
服装もセンスの良いファッションではあるけれど、個性的過ぎる。
少し間違えると物凄くおかしな、そんな難しいファッションをしていた。
とても、この人とは馴染めそうにないな。
そんな第一印象だった。
でも、彼が描きながらする色々な話はちっとも嫌じゃなかった。

いや、違う。
今なら分かる。その逆で、話を聞いてくれたんだ。
自分の話を彼はしているのに何時の間にか私の話を聞いてくれている。
それが凄く心地良かった。

彼の生き方は私とは全然違う所にある。
高校には行かずにバイトをしながら16才で大学検定資格を取り・・・、けれど大学に進学するでもなく会計、法律、経営、プログラミング、数学、物理・・・etc
興味のあるものを気ままに独学したという。
どうしても納得できない時は、質問を聞いてくれる大学の先生を自分で調べて、自分の推論を2、3本用意して議論をさせてもらったとか。
21の頃にぶらりと行ったイタリアで、教会を見学した時に絵を描こうと思い立ったらしい。
私と同じ年齢なのに、自分で考えて自分で生きている。
何時からか?
おそらく中学を出た時から、あるいはもっと前からだ。
なんて自由で好きに生きているのだろう。
こんな風な生き方もあるのだと初めて知った。

最後に絵の端に詩を書き加えて似顔絵を見せてくれた。

“始めは表情硬かったけど、今は・・・うん、こんな感じ。”

“とってもいい顔になってるよ。”

とても軟らかいライン使いで、暖かいものに包み込まれるような絵だった。
全然寂しくない、安心しきった私がそこにいた。

“外から見るほど硬くなく、感じるほどに丸くなく”

“それでものびやか、かろやかに”

“自然とうららか、自分の色で”

少しくすぐったい様な気持ちで詩を読んでいる私に彼は言う。

“とても知性的で素敵に見えたけど、少し無理してるよう・・・そんな感じだったから。”

“もっと、自分らしくて良いんじゃないかな。”

“自分のペースで。”

“もっと素敵になれると思って。”

思いがけない紳士的な優しい言葉に参ってしまいながらも、ハニカンだ表情の彼の眼がとても綺麗だった事を今でも覚えている。
少しして、彼はCGアートやイラストの会社に就職し、二人は付き合うようになった。

その付き合い始めた当時は二人ともお金が無かった。
初めて迎えた二人で祝う彼の誕生日を、たまたま入ったこの喫茶店で祝ったのだ。
その時彼が頼んだのが同じ海鮮パスタだった。