一杯のコーヒーカップ。
彼女はおしゃべりに夢中だったし、半分ほどしか口を付けてはいない。
このコーヒーカップ一杯の重さはどれ位だろうか。
ふと彼女は思う。

このコーヒーカップは特別重く感じられて、誰かさんが意地悪して魔法でもかけてしまったのだろうと思えてしまう。
なぜなら、コーヒーカップを持ち上げて口に付ける・・・。
それだけの動作がとてもツライのだ。

この意地悪な魔法に心当たりがあった。
その誰かさんは子供に絵本を読み聞かすようなあの声で、その優しいリズムで別れる理由を説明しているのだから。

これほど悪い夢もないだろう。
彼女はこんなにマズイコーヒーは初めてだと心の中で毒づいた。
彼女は泣き言も恨み言も凄く言いたい、たくさん言いたい気持ち。
だが、マズイコーヒーは幾分なりに彼女に落ちつきと少しばかりの勇気をくれた。

“ごめん、別れようって話だよね?”

彼の言葉を遮り、彼女は自分が“わかった”と言うまではまだ決まってないと自分に言い聞かせた。
少し噛み締めるようにしてから彼は“そうだ”と肯定した。
その言葉に少し彼女の心は怯んだが途中で言わない訳には行かない。

“そこまでは分かったんだけど、その先がさっぱりだよ。”

彼女は一気に、そしてあっさりと言い切ってみせた。
長い時間彼は諭すように説明を繰り返していたが途中から耳には入っていなかった。
それは入っていたとしても理解されず、入ってきたすぐその側で流れ出ていた。
“別れよう”と言われてる立場で主導権が彼、そんなのは許せないという理屈。

今彼女にできる精一杯の事。
一生懸命考えた解答。
何を寝言言ってるの?と彼をからかう馴染みの顔を作ってみせる。
何時も優しい聞き役なんだからちゃんと聞き役をしていなさい、と暗に言う。