彼女と彼の視線が一つのラインに重なった。

でも、それも一瞬で、いざ顔を合わすと何も言えない彼女。
“どうしたの?”と彼が言うものだから“忘れ物・・・”なんて答える彼女。
そう、忘れ物だ彼に言わなきゃいけない事がある。
滅茶苦茶に私の心をかき乱した“お返し”何て言わない、“おそそわけ”だ。
“あんたみたいな最低な男私が振ってやる”そう言って頬でも引っ叩いてやれば良いのだ。
でも彼女より先に彼が言う。

“今まですまなかった。”

“見ての通り、僕は情けない男で勝手に生きてて。”

“それを君に隠してて、だから嘘つきで。”

“だから、幸せにできる男じゃないから。”

“そう、だからもう忘れて・・・”

彼はそう言うと去ろうとする。
彼女は振ってやるために戻ってきたのに彼にまた振られる羽目になる。
どうして、どうして何時も彼は言いたい事を言って逃げてしまうのだろうか?
そこまで物分りの悪い女と思われているのだろうか?
非道い、非道すぎるから彼女は彼を引き止めた。

“何時もそうなのね。”

“一人で何でも分かってますって・・・そんな感じで勝手に進めてしまう。”

“私そこまでダメな女かな?”

“あなたは私の何が欲しかったの?”

“ただ言う事を聞いて何でもやってくれるコが良かった?”

“余計な事しないで都合の良い時だけいれば良いコ?”

“ホント分かんないよ、バカにしないで。”

“そんなコどこにもいないよ。”

悲しいとかじゃなくて怒ってるとかじゃなくて、分からない。
どうしてか分からないけど彼女は涙が出た。
引き止めた彼の服の端を握った手が何だか自分の手じゃないような・・・
彼が随分と遠いような・・・・そして、それが涙となった。


“君の中では僕は完璧を求めてるんだね。”

“違うよ、ホントは全然そんなんじゃない。”

彼はポツリ、ポツリと話し始めた。
今までの自分は才能でやってきたんじゃないと。
ホントは何も取柄がなくて生きていけれない程ダメな自分だという事。
だから人とは違う方法で取柄を身に付けなきゃいけなかった事。
そんな自分を慕ってくれるのは嬉しかった事。
そして、何時捨てられてしまうのかビクビクしていたという事。

彼女には反論が有ったけれど、彼の不安はそこではない。
もし自分がつまずいた時に彼女はどうするのだろか?だ。
彼女の中の自分と実際の自分が大きく掛け離れている事に気付くだろう。
そしたら彼女はどうするかが恐かった。
彼女は彼の事を子供じみていると思おうかもしれない。
でも、実際の自分はこの程度なのだと彼女に知って欲しかった。

それから静かに話し合う時間が続いた。
二人は三年の時を共に過ごし、何も理解し合ってない事にゆっくりと・・・・
そう、ゆっくりと時間を掛けて話し合った。



どれぐらいが経ったろうか?
ウェイトレスは最後に彼女がこう言ったのを憶えている。

“やっぱり同い年だね、なんか安心した。”

“それにあなただけじゃない、私も子供だったってよく分かった。”

“それでも、まだ一緒にいて良いですか?”

空気は澄んでいて、雲間からは月が見えていて・・・
そして、ずっと流れていたJAZZの最後の一曲が終わった。

彼はそっと手を繋いで“帰ろう”と言った。
手が繋がっているから、道は同じで・・・。

だからそう、そう言う事なのだ。