彼女の言う言葉。

“あなたは何だって自分で何とかしてきたじゃない。”

それは彼にはこう聞こえる。

“人とは違う生き方を選んできた。”

“それでも何でもこなして成功してきてるあなたは凄いのよ。”

彼はずっと怯えていた。


少ししてマスターがウェイトレスにラストオーダーを告げる。
お店の閉店時間が近い事を彼に知らせ、マスターは看板を下げに行った。


彼女が去って、初めて分かった。
ずっとモヤモヤしていたそれが何なのか。
心が“ぽっかり”してしまっていたのは何故なのか。

ただ、知って欲しかったのだ。
自分にも弱い所があるのだと。
ホントは認めて欲しかっただけなのだ。
最も愛すべき人に、等身大の自分を。

だから、別れようと言わないとダメだった。
嫌われなきゃいけなかった。
彼女が思うような良い所ばかりではないと。
彼は知って欲しかっただけなのだ。


ウェイトレスは彼のところに行く。
“最後の注文ですけど、何か?”その仕草は少し雑だった。
彼のした事にウェイトレスは苛立ちを感じていたから。
散らかった頭の中を綺麗にしたい彼は何も欲しくなかった。
カラカラの心に静かに染みるようなモノが欲しい。
だからただ水を注文した。

“あの・・・。”

“全然関係なくて、こう言うのもなんですけど少しヒドくないですか”

水を出してそのままウェイトレスが言った。

本は本棚、服はクローゼット。
散らかった部屋を片付けるのは当たり前な事。
彼はそれと同じく、気持ちの整理をしたかった。
でも中々とりまく現状は難しい。
ウェイトレスがそこへ更に散らかそうと入ってきたから。

“優しくすかして、嫌いじゃないとか少し期待させるような事言っておいて・・・・。”

そう、最後は邪魔者扱いだ。

“あぁ、ヒドいね。最悪の男だよ。”

今は話し掛けられたくは無かった。
彼の対応は粗雑と言うより投げやりだ。

“何、こんな男に引っ掛かりたくなった?”

“茶化さないで下さい。”

ウェイトレスの中で“別に俺じゃなくてもいいわけでしょ?”がぶりかえる。
彼は少しでも落ち着こうと息を吐いてみた。

“ごめん。けど、今はそんなに余裕無いんだ。”

彼の口の中で静かに広がる冷たい水がなんとも言えない。
見た目よりも全然マトモなんかじゃなかった。

“私もこの間振られたんです。”

彼にとっては思いがけない言葉だった。
でもウェイトレスはずっと、どこかで散らかしたかった出来事だった。
今ここで言うのは流れとしてはおかしいのかもしれない。
でもウェイトレスはそれを今気付いてはいけなかった。

“あの人は面白い人で、友達にも評判が良くてこんな私でも良いと言ってくれた。”

“何時もデートは凄く気を利かせてくれて、なんでもリードしてくれた。”

“でも、それも初めのうちだけでそのうち、一緒にいて楽しくないの?とか”

“俺みたいなヤツには興味もてないのかな?とか”

“そんな話ばかりになってきて・・・。”

そう、そして三ヶ月も経った頃振られてしまったのだ。

“別に俺じゃなくてもいいわけでしょ?”

ウェイトレスは“こんなに愛してくれるなら愛せるかもしれない、幸せになれるのだろうか?”そんな気持ちで付き合い始めたのだ。
でも、素直に好きだ何て言えなくて、甘えるなんて出来なくて。
あの人はずっとその表現を待っていたのかもしれない。
でもそんな、みんなが簡単だと言う事が出来ないのだ。

上手く愛せない、だからみんな努力してるんだ。

当たり前の事だけど、同じ様に悩んでるウェイトレスをみて少しほっとする彼。
つまり、ウェイトレスさんは上手く嬉しいとか、愛してるとか言えないのだ。
自分はワガママなトコを彼女に見せれなくて悩んでいた、嫌われるかもしれないと。
“普段は良い彼” “~の時は悪い彼”なんて言われるのが怖かった。
どっちも自分なのだと分かってもらえないのが凄く。
悩む理由は違うけど、要はみんなそう言う事だ。

“そっか、でも君が“嬉しい”って“愛してる”って言えるまで・・・。”

“君がその人にそうしてあげられるまで待てなかったその人が悪いよ。”

“うん、気にすることない。もっと自分に合った素敵な人が見つかるから。”

“自分は~”と考えると、とても人の事は言えない自分がいるのを彼は知ってる。
分かってる。
けどそう言うものなんだろう。

結局何も解決できないままにただ終わってしまったのだという事実が残った。
けれど実感も出来ず、帰ろうかと彼がお勘定をしていた時だった。
Closeのお店のドアが開いた。
マスターと彼女が立っていたのだ。