仕事を終え、恋人の待つマンションの部屋への帰路を急いでいた九条直樹は、アーケード通りで突然見知らぬ女子高生に腕を掴まれ、身動きできずにいた。
長く美しい黒髪に真っ白な肌を持ち、整った顔立ちの少女であったが、唇の血色は悪く、どこか不健康そうである。
そして大きく黒い瞳は一心に直樹を見つめていた。
突然のことで思考が働かず、「君は誰だ?」「俺が何かしたか?」聞きたいことは沢山あったが声にならずに終わった。
しかし少女の方が口を開いた。
「お兄さんの名前、知りたい」
「・・・は?」
「私は柊 乙女といいます。お兄さんもお名前、教えていただけませんか?」
「九条直樹、だけど」
直樹は面倒なことはごめんだと、渋々教える。
もう関わり合いになることもないだろう、一刻も早く帰りたいのだ。
「もういいよな?離してくれ」
その日は一方的にそう言い放ち、腕を振り払ってその場を去った。