「というわけで、お前の意志を確認した上でいくつかの誓約書を書いてもらいたい。絶対にその高校へ行くこと。在学中はずっと優秀な成績を納めること。東大か京大に現役合格すること。どうする?」

私は驚いて進路指導の先生を見上げた。
「それだけで兄を受け入れてくれる進学校があるんですか?」

「蛇の道は蛇やからな。」
「……わかりました、お任せします。あ、できたら近くがいいです。そこはダメですか?」

私は、北西を指さした。
進路指導の先生は、にやりと笑った。
「気が合うな。」



中学2年になると、また淋しい学校生活が始まった。
彩瀬は、私のバーターですぐそばの公立高校に入れてもらえたけど、どんなに近くても昼休みに訪ねるわけにはいかない。

また無駄に女子に言い寄られて、押し切られてるんだろうな、と想像してはやきもき過ごしていた。


担任となった進路指導の先生には、世話になったので逆らえなくなった。
なるべく真面目に出席するように心掛けたが……正直、息が詰まる。

見かねた先生が、私を学校の近くの碁会所へ連れて行った。
「碁打ちには、吉川みたいな頭の奴もけっこういるぞ。大会に出て、友達でも作ってみればどうだ?」

碁~?
全く興味のない状態で見学したけれど、なかなか楽しかった。
ルールはいたってシンプルなのに、無限の可能性がありそうだ。

試しに、碁会所で暇そうなおじいさんと打ってみた。
……こてんぱんに負けた。

この時、碁の定石なるものの存在を教わり、私は夢中で読みふけった。



中3になり担任が変わると、私はしばしば授業をサボって碁会所に行くようになった。
人の良さそうな好々爺がものすごく強かったり、プロ崩れのニートがいたり、碁会所には好敵手が何人もいた。

学校でも、詰碁(つめご)を考える時は煩わしいことから解放されて集中できた。
……放課後は、一刻も早く彩瀬に逢いたいので、碁会所に行く暇はなかったけど。


初夏のある日のこと。
クソおもしろくない授業を堂々と退出して、碁会所へ逃げ込んだ。

珍しく、学ランの生徒が碁を打っていた。
……彩瀬と同じ学校……あ、学年も同じか。

「嬢ちゃん、また学校サボっとるんか。」
人なつっこい常連さんが話しかける。

「うん。こっちのほうが勉強になるし、ええねん。あの人も、サボり?」
私がそう聞くと、背後からインストラクターが小さな声で耳打ちした。
「彼、ここははじめてやけど、山手の碁会所にはたまに行くらしいわ。……けっこう強いで。次、打ってみるか?」

へえ~。

私は、ゆっくりうなずいて、もう一度学ラン男子を見た。