「おはよ?今、何時?」
「何時や?えーと……そういや、この家、時計が少ないなあ。いくつか置き時計も買わんとなあ。」
頼之さんが携帯を取り出して時間を見ようとした。

「17時38分。……ぐらい?」
光が頼之さんにそう尋ねる。

頼之さんは携帯で確認して苦笑した。
「正解。何でわかった?」

光は、首をかしげながら言った。
「きのうと、おとといと、その前と、太陽があの木にかかるのが遅くなってる。」
……ほらほらほら。
誰も教えてへんのに、勝手に太陽や月、星の法則に気づいて生活に応用してるし。

頼之さんは慌てて新聞の束を持って来ると、目を輝かせて新聞の暦欄を何日分も並べて、光に説明し始めた。

こうなると、もう、ダメだな。
のそのそと隣室に隠れて身支度を整えてると、
「あーちゃん、パパが図書館行くってー。」
と、光が呼びに来た。

またか、と、私はひきつり笑いを返した。

頼之さんは、光が興味を抱いたこと、疑問に感じたことに対して、妥協を許さなかった。
普通この歳の子は「なぜなに坊や」で当たり前。
親や周りの大人が適当にごまかして返答したらそれで満足するものなのに、頼之さんときたら!
光自身に考えさせるために、調べかたを教えて、自力で調べて学ばせようとするのだ。

そして、こんな時間にお出かけするということは……夕食は……

「けつねうろん、食べる~。」
出た!
京都に来て一週間。
光は、やたらきつねうどんが気に入ったらしい。

実際、おいしいけどさ。
おだしも、ふくふくのお揚げさんも、九条ネギも。

しかし3歳児って、お子さまランチとか、おもちゃ付きプレートとかのほうが好きじゃないのか。

「ほな、けつねうろん、食べような~。でも先に図書館行くぞ!」
……普通にきつねうどん、って言ってほしいのに……なんで南河内弁を使う?

私が嫌がっていることを知っているくせに……いや、知ってるからか2人はわざわざ必ず、けつねうろん、と言う。

「お願いやし、お店で言わんとってーや。」
私の言葉に、頼之さんと光はウインクを交わして手をつないだ。

「あーちゃんも!」
光にねだられて、私も光の片手を握る。

ニコーッと笑って私を見上げる光のかわいいことと言ったら!もう!もう!もう!
……何気ない日常の1コマが涙が出そうなほどしあわせ。

そんな時、私は心の中で亡き彩瀬に話しかける。

彩瀬、見えますか?

光も私も、頼之さんのおかげで、こんなに幸せですよ~。

光が私の手を掴む指にぎゅっと力を込めて、ニッコリ笑った。
……タイミングよすぎて、驚くわ。