頼之さんは毎日来てくれた。

「寝てるだけやのに、何でこんなに癒されるやろうなあ。」
光の寝顔に頬が緩みっぱなしの頼之さん。

「ずっと見てても飽きひんよね。満ち足りるというか。」
私がそう言うと、頼之さんは光を抱っこした。

「俺、光の泣き声も好き。かわいい。」
頼之さんの頬ずりに、光は眠りを妨げられて泣き出した。
本当に泣き声まで可愛くて……赤ちゃんってすごい。

ただ、うちの両親、特に母は光が泣くと飛んでくる。
今みたいに頼之さんがいる時はともかく、私1人の時には血相を変えて……。
どうやら、私が虐待しないか心配なようだ。

「ほんま、虐待とか意味わからんよな。何でこんな愛しい存在を邪険に扱えるんやろう。心、病んでる証拠やな。」
「……光は特別なんでしょ。少なくとも、私は、かわいがられた記憶ない。」

ついそうこぼすと、頼之さんは驚いた顔をして私を見た。
「あおい?」

口をつぐんで、ぷいっとそっぽを向いた。

頼之さんは光をベビーベッドに戻して私のそばに来ると、私の顔を覗き込んだ。
「久しぶりに、あおいが拗ねたとこ見た。何かまた嫌なことあったんか?お母さんに何か言われよー?」

私はむ~っと口をへの字にして頼之さんの腕を引っ張り、自分のすぐそばに座らせた。
頼之さんの耳元に少し口を近づけて声をひそめて言った。
「光と過ごしてて、イロイロ思い出してきた。赤ちゃんの時の記憶。日常的に虐待されてはいいひんけど、何度か殺されそうになった。」

物騒な私の言葉に、頼之さんは目を見張った。
「お前、何言うとーねん。」

頼之さんのその顔に、せっかく開きかけてた私の心がまた閉じた。
……信じてくれなければ、いい。

でも、夢でも記憶の塗り替えでもないと思う。
ずっと消えなかった、暗い海に溺れる記憶……光の目を見てると前後の風景まで思い出してしまったんだもん。

お母さんの赤い目とか、涙ながらに引き上げられたこととか。

また別の日の記憶で、首を絞められたこともある気がする。
この時は彩瀬がお母さんを止めてくれたと思う。

いくつものパズルのピースのように、母との嫌な想い出と、私を守ろうとしてくれた彩瀬の記憶が、抜け落ちていた幼少期を埋めはじめている。

思い出すたびに苦しくて……今更母を問い詰める気にもなれず、ただ悶々としてる。
頼之さんなら、受け止めてくれるかな~、って期待したんだけどな。
やっぱり現場に居合わせてた彩瀬と同じというわけにはいかないか。

ため息が勝手に出た。
胸にズーンと重たい塊ができてしまった。

「ごめん、帰ってくれる?産後鬱ってことで。」
私はそう言って、頼之さんを光の部屋に残して、自室に逃げ込んだ。

しばらくして、頼之さんは光を母に託して帰ったようだ。

<また来る。>

頼之さんからのメールすら、今は見たくなかった。