翌日、両親が私の着替えや荷物を届けにやってきて、お母さまにご挨拶をして帰った。
私は仏頂面と無言を通したが、母は終始ご機嫌だった。

「わざわざこのお家を見に来たんですよ、あれは。値踏みして良縁と確信して帰ってんわ。あー、むかつく。」
両親の帰ったあと、私は本気で塩をまきたくなった。

お母さまは苦笑していた。
「家ねえ。毎年どれだけの固定資産税と維持費がかかるかお知りになったら、むしろ売れとおっしゃるのかしら。」

……そんなに?
「今は父親が払ってるけど、頼之のことだから働きはじめたら自分で払おうとするでしょうね。けっこうな負担になるわよ~。」
悪戯っ子のようにお母さまはクスクス笑った。

それからは穏やかで幸せな日々を過ごせた。
二学期は行事も多いが、頼之さんはなるべく早く帰宅してくれた。

頼之さんが運転免許を取得して、ほどなく、ベビーシートを搭載したボルボが届けられた。
お母さまを満足させるクラスだったらしいが、頼之さんは少しがっかりしていた。
ディーラーだけじゃなく、お父さまにも来てほしかったようだ。

「お礼に行けばいいやん。」
と軽く言ったけれど、お父さまとご一緒に住んでいる女性がいい顔をしないらしく、うやむやに過ぎた。

一旦ベビーシートははずして、私たちは休日に須磨や明石へドライブするようになった。
須磨にはお母さまのおじいさまが建てられた別荘があるらしい。
頼之さんが小さい頃はしょっちゅう来てたそうだが、今は会社の保養所になっているそうだ。

「お父さまに言えば、また来れるんちゃうの?」
頼之さんが懐かしそうな目をしてたのでそう聞いてみたけれど、返事はなかった。

「見てみたいな~。別荘。お家も素敵やし、さぞ趣向を凝らしてるんだろうな~。」
何度かそんなふうにおねだりしたら、やっと頼之さんは折れた。

「わかった。あおいのしつこさにはかなわんな。せやな……遅咲きの紅枝垂れが4月半ばに咲くから、その頃に行きたいて言うわ。」

半年後、か。
「この子も一緒に行っていいの?」
お腹に手を宛ててそう聞くと、頼之さんは優しく微笑んでくれた。

「当たり前や。4月になったらお互い新生活で忙しくなるから、一緒にいられる時間はずっとそばにいてやろう。な。」
頼之さんはそう言いながら左手を伸ばして私のお腹を撫でた。

初心者のくせに運転中に危ない!とも思ったけれど、うれしいので黙っていた。


11月に入ると、小門邸の朝晩はかなり冷えるようになった。
同じ区なのに海近くのマンションの我が家とでは全然違う。
「身体を冷やさないようにね。」
お母さまが綿入れを買ってくださり、私はモコモコになって過ごしていた。

その日は突然やってきた。
お母さまの美味しい朝食を食べ過ぎて、お腹が痛いというか腰が張って痛んだ。
私がつらそうなことに気づいて、登校前で忙しいのに頼之さんが腰をさすってくれた。

ちょっと落ち着いたところで、頼之さんが登校するのを見送ろうとダイニングテーブルの椅子から立ち上ったその時、ドッと来た。

……久しぶりのこの感覚……生理2日めのような……ドーッ……これは、もしや……

ということは、さっきの痛みも……食べ過ぎじゃなくて、陣痛?

予定日まで6日早いんだけど。

変な姿勢のまま硬直してる私に対して、2人のほうが迅速に行動してくれた。