あ!
そうそう!

「あの!頼之さんのお父さまって、お忙しいんですか?冬に一度、喫茶店でお見かけしたような気がしたんですけど……」

すっかり忘れてた!

お母さまは、曖昧な表情になり少し言い淀んでらしたけれど、少しずつ話し始めた。
「あおいちゃんには話しておこうかな。あのね、離婚はしてないけど、ずっと別居してるの。かれこれ18年。」

18年って……それじゃ……
「頼之さんが生まれてすぐ別居されたんですか?」

「いいえ。生まれる前にもう。他に家庭を持っちゃって。」

え!?
……思った以上に重い話になりそうで、私はドキドキし始めた。

「夫は、私の両親の会社で才能を認められて出世したヒトでね、必然的に私と結婚することになったんだけど、彼には長年付き合ってた恋人がいたの。……それならそうと先に言ってくれたらいいのにね。」
お母さまの苦笑が痛々しかった。

「私、世間知らずで、何も知らずに娘らしい憧れを抱いて結婚したのよ。すぐに頼之を妊(みごも)って本当に幸せだったの。でも、同時期に夫の恋人も妊娠されて……夫は彼女を選んだわ。」

こ、言葉が出ない。
あの時、喫茶店で会ったあの親父、そんな無責任なことやってきたのか!

私がムカムカしてきてることに、お母さまは微笑んだ。
「怒ってくれてるの?ありがとう。でも、もう済んだことよ、しょうがないわ。それにあちらの子供さん、交通事故で亡くなってしまったの……5歳の時。子供さんに罪はないのにね、みんなが夫とその恋人を責めたのよ……天罰だ、って。」

ああああ。
きついな、それ。
言われるほうも……お母さまも。

「もちろん私は何も言ってないし、既にその頃にはすっかり没交渉で他人事(ひとごと)だったんだけどね。ちょうどその頃私の父と母も相次いで亡くなって、会社の継承問題でもめたから……頼之には本当につらい想いをさせてしまったわ。」

……そうだったんだ。
「頼之さんが、意固地にお腹の子の父親になろうとしてくれるのは、そういうことだったんですね。」

お母さまは神妙にうなずいた。
「たぶんそうでしょうね。あの子、何も言わなかったけれど、やっぱり淋しかったんでしょう。あおいちゃんたちには淋しい想いをさせたくないんでしょうよ。」

そこまで言ってから、お母さまはニコッと笑ってウインクした。
「ね!親子が同じ道を辿る、なんて愚かしいでしょ?悲しい想いをしたらその分自分の子には優しくしてあげたらいいの。簡単なことでしょ。」

私も釣られて口元を緩めてしまった。

やっぱり、私、このかたが好きだな。