そして、じろりと私を見て言った。
「前に言うたことあったよな。俺が嫌やったら本気で逃げろ、って。でも、状況が変わってるからな。あおいがどんなに拒否っても離れるつもりないから。」

はあ!?

「何それ!ストーカーかっちゅうねん!?意味わからんし!」
「何とでも言えや。てか、何言うても無駄やけどな。」
頼之さんはそう言って、お台所へ行き、母から自分の持参したアイスをもらってきた。

これ見よがしにアイスで涼を取りつつ、私にはグラス一杯の牛乳をくれた。
「カリカリせんでもいいから。あおいが、俺の名誉のために怒ってるんはわかっとーし。」

く~~~~っ!!!
私は言い返せず、牛乳をひったくって一気に飲み干した。

「牛乳は、ゆっくり噛むように飲んだほうが消化吸収イイらしい。」
頼之さんは苦笑しながら、私から空になったグラスを受け取った。
「わかってるわ!もう!」

実際、私は苛々していた。
マタニティーブルーってわけでもないのだろうけど。

……両親とは表面上はうまくいっていた。
2人とも、彩瀬の忘れ形見に会えるのを楽しみにしているから。

でも、私の心は屈折してしまっていた。
特に、母親から逃れたくてしょうがなかった。

鬱々としてくると、私は気晴らしに頼之さんのお母さまに逢いに行った。
頼之さんにも両親にも内緒で逃げ込める、私の隠れ家だ。

「自分が母のようになってしまったらって思うと、ものすごく怖いんです。」
母の心ない一言に傷ついたり腹が立ったりするたびに、頼之さんのお母さまに愚痴った。

「親子だって別の人間でしょ。……自分がしてほしくないことはしなきゃいいし、してほしかったことはいっぱいしたげたなさいね。もう性別もわかってるの?」
「男の子って頼之さんは断言してます。調べてへんのに。」

ふふっとお母さまは笑った。
「何だかすごーく楽しみにしてるみたい。自分の小さい頃に使ってた玩具とか絵本とかで一緒に遊びたいみたい。サッカーも教えるんですって。」

え~~~~。
「サッカーは成長してからでいいです。まずは自分の身を守れるように、空手でも習ってもらおうかな、と思ってます。」
「……そうね。あおいちゃんと彩瀬くんの血を引いてるなら間違いなく綺麗な子ですもんね。そのほうがいいわね。」

私は苦笑してうなずいた。
「楽しみより心配のほうが多いんですよね、私。それだけ、自分も彩瀬も不幸だったんでしょうか。」

「……例えば、ご両親の仲がよくなかったり、両親から満足な愛情を得られなかったら……確かに不安定でしょうけど、でもイコール不幸じゃないでしょ。少なくとも、彩瀬くんとあおいちゃんの2人でいるときは幸せだったでしょ?」

少し考えて、うなずいた。
お母さまはホッとしたように微笑まれた。

「よかった。……頼之も、父親が寄り付かなくて……いっぱい淋しい想いをさせてしまったけどね。あの子、絶対に自分は不幸だったとは言わないわよ。」