その夜、彩瀬は発熱した。
免疫の低下した身体にサッカー観戦はやはり過酷だったのだろうか。

夜中に父が車で病院へ連れて行った。
私は、行かせてもらえなかった。

母に、
「妊婦の自覚があるなら、やめなさい。」
と言われたからだ。

悲しくて悔しくて、心配でたまらなくて、私は母の手を握って泣いた。
母も、泣いていた。

朝、頼之さんからメールが届いた。

<昨日はありがとう。吉川、しんどくなってへんか?>
文面を見て、ドーッと涙が出た。

<発熱して、今、病院。私は家で待機。状況わからん。>
事実を伝えるだけで精一杯だった。

しばらくして、頼之さんがメールを寄越した。
登校前に病院に寄ってくれたらしい。
主治医からまだ父に説明はないようだ。

<放課後、行くから。>

サッカー部、休みないのに。
インターハイ出場も決まって、練習したいだろうに。

どんなに好意を無にしても、それでも私たちに寄り添ってくれる頼之さん。
ダメだとわかっているつもりだったが、私は彼に甘えてしまっていた。


昼から父は会社に出勤し、母が代わりに病院へ行った。
学校にも行かず、病院にも行けず、私はずっと泣いていた。

15時半、玄関チャイムが鳴った。
頼之さんが様子を見に来てくれた。

「母子手帳、もろてきたか?」
そんなこと、思ってもみなかったわ。

「じゃあ、今から行こうか。」 
「……今はそんな気になれない。彩瀬が心配で。」
私がそう言うと、頼之さんは意地悪な顔になった。

「なあ、それ、お腹の子にも、吉川にも悪いと思わん?今、子供を守れるの、あおいだけやろ。」
頼之さんの言葉に何も言えず、ただうつむいた。

ため息をついてから、頼之さんは私の腕を引っ張った。
「ほら、行くで。」
「マジ?その格好で!?」

頼之さんは制服のまま母子手帳をもらいに区役所の保健課についてくる、というか、私をつれていった。

記入する書類に父親の名前を記す欄がないことに、まず驚いた。
交付された母子手帳をパラパラと開くと、何だか涙が出てきた。

「あと5ヶ月。」
……それまで彩瀬は、到底生きられないだろう。

今日明日とも知れない彩瀬の命と、お腹の中の子供の命。
命の重みは同じはずなのに。
私、何やってるんだろう。
彩瀬に、逢いたい。
ちゃんと、子供のことを伝えたい。

「頼之さん。私、彩瀬に……逢いたい。」

頼之さんは大きくうなずいた。
「医師に相談してくる。何とかしよう。」

私の目から大きな涙がボロボロとこぼれ落ちた。