サッカー部に向かうと、佐々木が顔を輝かせて飛んできた。
「吉川-!ありがとなーっ!」

佐々木に礼を言われる筋合いはない。
……とも思ったけど、大人げないので飲み込んだ。

「佐々木も、ちゃんとゴール決めて、お疲れさん。明日もがんばりや。頼之さん、おる?」
「まだ部室。呼んでくる。小門せんぱ~い!勝利の女神、来てくれましたよ~っ!」

恥ずかしいっ!
思わず逃げ出してしまったけど、すぐに部室から出てきた頼之さんに

「走るなっ!だぼっ!!こけたらどうするねんっ!!」
と大声で怒られた。

あ……そうやった。
妊婦だった、私。

近づいてきた頼之さんに、極上の微笑みを向けた。
「ありがとう。今、検査した。陽性。見る?」

頼之さんは、困ったように笑った。
「じゃ、産むんやな。まあ、あおいやもんな。それしかないわな。」

「うん、ディスク返したら病院行ってくる。」
今日は土曜日だから午前中なら産婦人科も開いてるはず。

「……一緒に行くわ。」
「は?何で?……頼之さんの子供じゃないで?」
思わずそう言ってしまった私の頭を頼之さんは軽く小突いた。

「わかっとるわ。……でもほっとけへんねんからしょうがないやろが。」
頼之さんはそう言って、他の部員に練習の指示をしてきた。

歩きながら、そして、待合室で私たちは明日の作戦会議をした。
昨日の相手が最大の壁だったので、部員みんな楽観的になってしまっているらしい。

「佐々木、浮かれとったわ。」
「あいつは特に、な。でも、明日はそうは行かんやろな。」
頼之さんの言う通りだと思う。
相手チームはたぶん、昨日の試合を見て、特に佐々木を封じ込めてくるだろう。

「猿がどこまでやれるか、見物(みもの)やな。」
そうつぶやいた時、私は診察に呼ばれた。

いわゆる分娩台での恥ずかしい検査と問診、尿検査、血液検査、エコーを経て、私は妊婦認定された。
既に4ヶ月を経て安定期に入っているらしい。
医師は当然のごとく、頼之さんを父親と思って話していた。
頼之さんは否定せず、神妙にやりとりしていた。

病院を出たところでバイバイするつもりだったのに、頼之さんは家まで送ってくれた。
「もういいって。早く練習、帰り!」
「……いや、ご両親に挨拶してく。」
「昨日も挨拶したし、明日も会場行くのに。」
マメな人。
暢気にそんな風に考えていたのだが、頼之さんは黙って私の隣を歩いた。

「やあ、昨日はお疲れさん。今日も彩瀬の見舞いに来てくれたのかい?」
ソファでまったりと新聞を読んでいた父が頼之さんにそう言った。

「いえ、今日はお詫びとお許しをいただきたく、参りました。」
頼之さんは神妙にそう言って、父のソファの前の床に座った。

……まさかっ!?
「ちょー!やめてっ!」

慌てて止めようとしたけど、頼之さんは私を無視して父の目を見て言い切った。

「あおいさんが妊娠しました。私を、あおいさんをと結婚させてください!2人でお腹の子を育てさせてください!」