5月。
ゴールデンウィークに頼之さんたちはインターハイの県予選を迎えた。

そして、彩瀬は抗癌剤治療を始めた。
ただでさえ痩せて骨と皮になってしまったのに、抗癌剤で皮膚が一時的とは言え老化する。

すっかり別人となり苦しんでいる彩瀬の身体を抱きしめたり、さすったり少しでも気を紛らわせてもらおうと必死だった。


「あー。小門くんの応援、行ったげたら?」 
中間テスト一週間前となり部活が休みになると頼之さんもまた、放課後ずっと病院にいてくれた。
トーナメントの真っ最中なので、頼之さん的には、テスト勉強より練習がしたいだろうに。

「いや、いいよ。あおいの調べてくれたデータがあるから。実際にゲームして、びっくりしたわ。個別データの癖とか、対策が今、突破口になってる。ありがとうな。」
頼之さんの言葉に、私は涙が出そうになった。

「ほんとならもっと作戦面で充実させられよーに、中途半端で放り出して悪かったって思っとーねん。うれしいわ、そんな風に言うてもらえたら。」

私の手を握る指に少し力を込めながら、彩瀬が頼之さんに聞いた。
「次の対戦校は?」

頼之さんが挙げたのは、そこそこ強い名門校だ。
「覚えとーわ。ね、ファイル持ってる?机上の空論やけど、それこそ、囲碁の考えかたの応用で、えーと、白ゴロク」
「待って待って!いきなりエア囲碁は無理!せめて書いて!」

慌てて頼之さんはシャーペンとルーズリーフを出した。
「マジ?サッカーやり過ぎで頭ボケとーんちゃう?中間テスト大丈夫?」
「容赦ないなあ。」
苦笑してくれる頼之さん。

彩瀬はそんな私たちのやりとりを、いつも楽しそうに聞いていた。
彩瀬の微笑みがどんどん清らかになっていくようで、私はちょっと怖かった。
頼之さんに嫉妬もしなくなったのは自分の死を覚悟しているからのように感じた。

しばらくすると、彩瀬はよく発熱するようになった。
これも抗癌剤の副作用だろうけど、体力のない彩瀬にはすごくつらそうで、見てられなかった。

本当に全身に転移しているなら末期癌だと言うのなら、家で静かに過ごさせてあげたい。
彩瀬の身体を目に見えて衰弱させてるのに、それでも続ける延命効果って意味あるのかな。

正直、不信感だらけだったけれど、それでも何もしないよりも痛みも緩和できているらしい。
とりあえずは5週間の投薬期間を終えて、彩瀬は一時退院できた。


彩瀬が退院した週の金曜日、頼之さんは準決勝を戦った。
珍しく彩瀬が観戦したいとワガママを言ったが、試合会場は淡路島!
結局、病院から車椅子を借りて父の運転で家族揃って行くことになった。

往路、後部座席で彩瀬は私の膝を枕にずっと寝ていた。

やすらかな寝顔を見るたびに、母は涙ぐんでいた。