病室から出ると、もう、ダメだった。
こみ上げる嗚咽を必死で抑える分、涙がとめどなく溢れた。

頼之さんは無言で私の手を引いて彩瀬の病室から離れ、談話室まで来てから私の頭を自分の肩に押し付けるように引き寄せた。
「よぉ我慢したな。えらかった。もう泣いていいから。」

同じ部屋の端で、母もまた父と共に泣いていた。

私は安心して泣きじゃくった。
頼之さんの学ランが私の涙で完全に濡れそぼってしまっても、私の涙は枯れなかった。


翌朝、まぶたがボンボンに腫れて、目がいつもの3分の1ぐらいの細さになっていた。
「その顔で彩瀬の病院に行かんときや。」
母にそう言われて、私は氷でまぶたを冷やした。

受験の前に中学の卒業式は終わっている。
面会時間を完全に無視して、毎日、朝から晩まで私は彩瀬の病室に入り浸った。

頼之さんは本当に毎晩顔を出してくれた。
ぶつぶつ文句を言いながらも、彩瀬は頼之さんが来るのを楽しみにしていたようだ。


手術の前に、両親は医師からインフォームドコンセントを受けた。
私はその間、彩瀬と2人きりで病室で過ごしていた。

病室はナースの出入りも頻繁で、彩瀬の思うようにイチャイチャすることはできない。
が、彩瀬は隙を見て、私を腕に抱いては唇を這わせた。

どれだけ強く彩瀬が私を求めているか、痛いほどわかりすぎて私も苦しくつらかった。

帰宅後、両親から絶望的な病名を告げられた。
彩瀬は、普通の胃癌ではなく、スキルス胃癌という、より悪性度の高い癌を患っていた。
見つかりにくい分、手遅れになりやすい癌らしい。
そして、吐血は、末期症状なのだそうだ。

彩瀬は何度も吐血していた。


4月に入ってすぐ、彩瀬は手術を受けた。
胃を全摘し、腹膜炎を起こしたらしく熱に浮かされていた。
ずっとそばについて、手を握ってあげていたかった。

でも無情にも時は流れて、入学式。
私は予定通り新入生代表として壇上に上がった。
全科目満点のオプションを付けることにも成功したらしい。
これで、面目躍如かな。

生徒会を始め、いくつかのクラブからはしつこく勧誘を受けた。
頼之さんも本当はサッカー部を手伝ってほしかったと思う。

でも今の状況をわかってくれているので、頼之さんは何も言わなかった。