会計を済ませた後、母と彩瀬は、紹介状とレントゲン写真をもらって、タクシーですぐに山手の総合病院へ行った。

頼之さんは一旦学校に戻ってから、私と一緒に来てくれるらしい。
私は帰宅すると、彩瀬のパジャマや着替え、お箸、スリッパなどなど、入院に必要そうな荷物をまとめた。
バス停で頼之さんと落ち合い、しばらく待って来たバスに乗車して病院へと向かった。

彩瀬の入院したのは、昭和初期創立の近代建築で有名な総合病院で、頼之さんのお家の近く。
「毎日、顔見に来るわ。」
遅れて駆け付けた父と共に医師から説明を受けてやっと病室に戻ってきた彩瀬に頼之さんは言った。

「僕じゃなくて、あーの顔じゃないの?来なくていいよ。」
不満そうな彩瀬を母がたしなめる。

「こんな雨の日でも練習するの?」
たぶん頼之さんに好感を抱いた母が尋ねた。

「はい。もう少し温かくなれば、雨のグランドで泥だらけになって普通に練習します。今は部員が風邪ひいても困るので、廊下を走ったり筋トレしたりですね。」
頼之さんも心得てるらしく、爽やかな高校サッカー部員の顔をキープしていた。
「それで、吉川、どやった?」

両親はどう返答するか逡巡していた。
が、彩瀬は、あっさりと答えた。
「胃癌だと思う。切って検査しなきゃわかんないけど転移もしてるっぽいから、けっこうステージ進んでそう。とりあえず、取れるところは取って、あとは化学治療かな。」

え……

サーッと音を立てて血の気が引いていく。
よろめく私を頼之さんが慌てて支えてくれた。 

「あー。こっち、こっち。ここに座ればいいよ。」
たぶん頼之さんが私に触れてることが気に入らないのだろう。
彩瀬は、自分の寝てるベッドをポンポン叩いた。

頼之さんに背中を押してもらって、私は彩瀬のすぐ横に腰かけた。
唇が震えて、何を言えばいいのかも見当がつかない。

泣いちゃダメだ。
彩瀬が癌に対してどう思ってるかわからないけど、悲壮感を抱いていないのならそのままでいてくれた方がいい。

「あーの入学式には退院できるかな。」
彩瀬のつぶやきに、母が涙をこらえきれなかったらしく、父とそっと廊下に出た。

「せっかく一緒に登校できるようになるのに、嫌なタイミングで入院しちゃったよ。」
私は、彩瀬の手を両手で握った。
「退院したら毎日一緒に登下校しようね。お昼休みも逢いに行くからね。」

「化学治療って、髪、抜けちゃうのかな。」
窓ガラスに映った自分を見ながら彩瀬がそう言うと、頼之さんが笑った。
「ドラマか漫画の見過ぎ!副作用は個人差あるから気にすんな。それにもし抜けても、治療をやめたらすぐ生えてくるわ。」

彩瀬は、いろいろと不安をこぼしていたけれど、みんなが病室を引き上げるとき、ポツリとつぶやいた。

「……天罰なら、しょうがないね。」