私が彩瀬の高校を受験した日は、朝から雨が降っていた。

頼之さんとの連絡が途絶えて以来、五目並べからも囲碁からも離れてしまった。
せっかく研ぎ澄まされていた感覚が、彩瀬のおかげでまる~くゆる~くなってるのを自覚していた私は、試験問題を解き終えた後、珍しく何度も何度も見直した。
ケアレスミスの1つも出したくなかった。
周囲から求められているのはトップ合格だけど、私自身は全教科満点を狙っていたから。

久しぶりに集中したため、終了後は自分でも笑ってしまうぐらいぐったりしていた。
疲れた……。

しばらく机に突っ伏していたけれど、みんな帰っていくので私も慌てて立ち上がった。
ら、本当に貧血だったらしく、ぐらっと世界が回転した。

おお!?

倒れそうになるのを、何とか机にしがみついて耐えた。
……がんばりすぎたかな。
「大丈夫?」

試験監督の女性教諭に聞かれて、私は何とか口を開く。
「すみません、早く出ないと迷惑ですよね。ちょっとめまいがして。」

そう返事した時に、誰かが飛び込んで来た。
「あおい!何しとんねん!遅いっ!」
……クラブジャージの頼之さんだ。

「え?小門くん、知り合い?」
「はい。急用です。携帯電源切っとるし、出てくんの待っとったほうが早いと思って。」

私は何とか自分で立とうとしたけど、やっぱり力が入らなくて、くたーっと崩れてしまう。

「小門くん、肩貸したげて。」
いつまでもヘナヘナな私に困って、女性教諭は頼之さんにそう頼んだ。

「はい。……あおい、つかまれ。」
一瞬ためらったけど、恐る恐る頼之さんに手を差し出した。

頼之さんは私の手をしっかり握って強く引っ張り上げて立たせると、サッとかがんで、私の両足をすくい上げた。
世に言う、お姫さま抱っこ、というやつだ。

「じゃ、こいつ、連れてきます。失礼します!」
頼之さんは、女性教諭にそう言いおいて、私を運んだ。

「あの……自分で歩く……。」
揺れるからけっこうきつい。
お姫さま、これじゃ過酷やん。

「だぼが!お前まで倒れたらどうしよーねん。いいから、おとなしくしとけ。」
だぼ、って、言われた。

いや、それより!
「お前まで、って?まさか、彩瀬?倒れた?」

また変なドラッグを使ったんだろうか。
……私の受験の間ぐらい、待ってられんか?

「吉川、胃潰瘍でもあるんちゃうか?黒い血ぃ吐きよったで。本人、慣れてるらしくて慌ててへんけど、病院連れてった。今、検査受けてるけどな、吉川がお前を迎えに行きたがったら、医者が『帰れませんよ』って言いよったわ。大きい病院に入院することになるんちゃうか。」