「はい、コーヒー。美味しいうちに、どうぞ。」

そう言いながら頼之さんが私のコーヒーカップを手渡してくれた。


「いただきます。」

受け取って、カップを口に付ける……前に、コーヒーの芳しい甘さすら感じる不思議な香りに陶然とした。

口をつけると、その香りが増幅して、また驚いた。

とろりとした甘みとコク、心地いい酸味と苦味、すべてが調和してる。


「美味しい。こんなの、はじめて。」

頼之さんがニッコリ笑ってお店のマスターに声をかけた。


「だって!ありがと。」

マスターは、頼之さんの言葉にウインクで返した。


「お知り合い?」

「いや。ただの客や。親の代からやから長いけどな。」

へえ!


「この味、覚えたら、他のコーヒーでは満足できんくなるで。」

頼之さんはそう言いながら、自分もカップに口を付けた。

「……俺の父親がここのコーヒーが好きらしい。」


微妙な言い回しに、思わず顔を上げた。

でも頼之さんはそれ以上は何も言わなかった。

気になったけど、追及するのをやめた。


何となく、頼之さんの事情を聞くのは怖い気がした……まだ。



「あ、そうや。携帯聞いていい?……ゆーても、私、持ってへんけど。」

「今時珍しいな。ちょー待って。」


鞄をゴソゴソしだした頼之さんを止める。

「あ、いらんいらん。番号とアドレス言うてくれたら覚えるから。」


頼之さんは、ちょっとくやしそうな顔をした。

「なんか、むかつく。」


……むかつかれても。


「じゃ、ご機嫌取ったげる。はい、どうぞ。」

私は、自分の鞄からファイルを出した。


「なに?」

頼之さんはコーヒーカップを少し脇にずらしてから、ファイルを開いた。

そのまま、時が止まる。

たっぷり時間をかけて、頼之さんは、やっと1ページめを読み終えた。


「そのペースやと、全部読むのに3日ぐらいかかるで。」

ファイルから顔を上げて私を見た頼之さんの目がキラキラ輝いていることに気恥ずかしさを感じて、私はそうからかった。


「これ、全部か!マジで!?」

「どやろ?後ろのほうはラブレターかもよ?」


何の気なしにそう言ったのだが、頼之さんは真っ赤になって、あわてて水を飲んだ。

12月なのに、玉の汗を浮かべて。


孤独に凍えてた私の心が、頼之さんに助けを求めようとしはじめている。

手を伸ばせば、温かいぬくもりに届く。


……いやいやいや。

頼之さんを彩瀬の身代わりにしてはいけない。


私は、少し冷えたコーヒーを飲み干して、心を落ち着けようとした。