「……うちもね、昔は会話のない食事だったのよ。頼之にも不条理な想いをさせてしまったわ。」
頼之さんのお母さまはそう言って、私の手を握った。

「本当にまたいつでも来てね。あおいちゃんも。彩瀬くんも。」
華奢なかぼそい手のぬくもりに、私の目からほろりと涙がこぼれた。

その夜。
いつものように彩瀬のベッドに入れてもらったけど、何かが違った。

彩瀬はうつぶせに頬杖をついて、足をゆらゆらさせながら言った。
「あー。小門くんなら、いいよ?あーを任せても。」

……心臓を鷲掴みにされたように痛んだ。

「何の話してるの?」

彩瀬は、身体を捻って私のほうを向いた。
「あーがやっと僕以外の人に目を向けてくれて、安心した。」

!?

私は愕然とした。

彩瀬は一体何を言ってるの?
意味がわからない。

勝手に身体が小刻みに震え始めた。

「あー?」
私の様子がおかしいことに彩瀬が気づく。

両目から涙が滝のように流れる。
ぶるぶると首を横に振った。

「やだ……彩瀬じゃなきゃ……無理……何でそんなこと言うの?……私を……捨てないで……」
私は彩瀬の胸にしがみついて、むせび泣いた。

「あー、泣かないで。僕は一生、あーの兄だから。捨てるとかそんなふうに考えなくていいんだよ。」

彩瀬の言葉に私は滂沱する顔を上げて叫ぶように言った。
「兄じゃないっ!兄とか関係ないっ!彩瀬が好きだからっ!」

彩瀬は目を閉じて、顔を背けた。
「彩瀬!私、見てっ!」

お願い。
拒絶しないで。

「彩瀬!」

何度叫んでも、彩瀬はじっと目を閉じたまま、それ以上何も言ってもくれなかった。

私は口惜しくて口惜しくて……彩瀬の両頬を両手で挟み込み、無理矢理、唇に唇を押し付けた。

さすがに驚いたらしく、彩瀬は目を開けた。
そして、私の両手首を掴んで引き剥がすと、今度は彩瀬のほうから顔を近づけてきた。

唇の前に赤い舌が私の中に入ってきた。
驚いて目を見開くと、至近距離に彩瀬の美しい顔。
ひや~~~~!

彩瀬の舌が私の口中をうごめく。
自分の舌をどこに置いておけばいいのかわからない。
てか、息もできない。

どうしよう……。
も、いいや。

このまま窒息死して死んでしまいたい。
目の前が白くなる。

薄れゆく意識の中で、私は彩瀬の妖しいまでの色っぽさというものを、はじめて理解した。

……魔性……。