私が天才と呼ばれだした頃、逆に彩瀬は授業についていけない子達の特別学級へ移ることを打診された。

当然、両親は憤慨して断った。
……彼らにとって、彩瀬は……いや、彩瀬だけが、大事な子供だった。

幼かった私にはその理由はわからなかったけれど、事実は事実として受け止めていた。
彩瀬は、両親に愛されている。
私は、両親に疎まれている。

とても不条理で納得できるものではないはずなのだが、物心ついた時にはそうだったので、私はあきらめていた。

私には、彩瀬がいる。
彩瀬だけが、私の救いで、私の支えだった。


小学校に入学すると、私は、おおっぴらに彩瀬のそばにくっついて登校した。
彩瀬に手を引かれて教室へ行き、休み時間には彩瀬を訪ねた。

……友達なんか1人もできなかった。
できるわけがなかった。

私はいつも1人だった。

暇なので、教科書はすぐに覚えてしまった。
授業がつまらなくなると、体調の悪いふりをして保健室へ行かせてもらった。
……図書館で借りた本を抱えて。

どんな本でも集中して読めば、ほぼ暗記することができた。

「あーちゃん、辞典も覚えられるんじゃない?」
彩瀬に言われてその気になり、私は小学館の日本国語大辞典全20冊を頭に入れた。

後で聞けば、彩瀬の言う「辞典」は小学3年生が学校で一括購入する小学国語辞典なるものだったが。

いずれにしても、私の脳は限界がないかのように何でも吸収し、整理できた。
自分でも不思議なぐらい、何の苦もなくどんな問題も解くことができた。


「はい!吉川あおいさんは~、集団下校の時も、上級生のところに行って、列を乱します!」
「先生!吉川あおいさんは、すぐ仮病をつかって授業をさぼります!」
「私、昨日、吉川あおいさんが大人向けの本を図書館で読でるのを見ました!」

学級会や地区集会では、必ず私はつるし上げ状態だった。
同級生も上級生も、たまに教師さえもが子供っぽいしょうもないことでガタガタぬかすのが、私には耐えられなかった。

論破したところで反感を買うだけなので、私はいつも無視した。

謝罪を要求される場からは、逃げた。
反省のない謝罪という茶番を演じることすら、煩わしかったのだ。

彩瀬は、そんな私の尻拭いを、いっつもしてくれた。
私とは真逆で、彩瀬は頭を下げること、謝ることに、何の躊躇もない。

涙を流しながら心からの謝罪をする。
まるで天使が具現化したかのような美しく清らかな彩瀬が許しを乞えば、誰もが心を打たれ、許した。

……本当に、彩瀬と私は正反対で、対照的な兄妹だった。