花火が終わって程なく、雨が降り出した。
それも一気に、ドーッと!

蜘蛛の子を散らすように、観覧客が帰路に就く。
傘を持っていない私たちも慌てて人込みをかき分け走り出した。

「あー、危ないから離れないで。もっとゆっくり。」
「駅までダッシュ!彩瀬、早く-!」

芦屋浜から阪神の駅までは30分ほどかかる。
雨の激しさで雨宿りをしている人も多いから、いつもよりは早く電車に乗れるかもしれない。

「無理だよ。こんなびしょ濡れで、電車になんか乗れないよ。歩いて帰ろう。あー!待って!」
「えー!歩くの、やだー。草履の鼻緒、痛い-!」
ぶーぶー文句を言いながら、彩瀬と手を繋いで歩き出す。

「じゃ、深江浜、渡る!」
「……暗いし危ないよ。」
「他の人もいっぱい歩いてるもん。海渡る!」

嫌がる彩瀬を引っ張り気味に、ずんずん歩き出す。
芦屋浜同様に人工島の鳴尾浜から深江浜までは、阪神高速湾岸線沿いの県道に歩道があって徒歩で海を渡れるのだが、彩瀬はあまり好きではないのだ。
工場からの化学的な異臭がするのと、下の海を見ると吸い込まれそうで怖いらしい。

「あー。待って……」
「え?吉川くん!?」
「あ……」

ん?
振り返ると、綺麗なお姉さんが赤い車の運転席のパワーウインドウをおろして、彩瀬に声をかけていた。
当然、県道も渋滞しているので、車も停まったり徐行したりを繰り返しているようだ。

私は彩瀬の手を乱暴にふりほどいて、足を速めて、雨音にかき消されないように少し大きな声で言った。
「彩瀬。誰?行くよ。」

「すみません、失礼します。あー、待って……あ!」
彩瀬は慌てて私を追おうとして、足を滑らせたらしい。
バシャッと水音を立てて、彩瀬が前につんのめってこけた。

「吉川くん!」
「彩瀬!」
慌てて駆け寄って彩瀬を助け起こす。

両手のひらと、両膝をすりむいたようだ。
雨でべったり張り付いたチノパンの膝部分が赤くなってきた。

「大変!乗って!」
赤い車の女性が、濡れるのもかまわず、窓から身を乗り出してそう叫んだ。

「……彩瀬、そうさせてもらい。」
よく見ると、膝頭と、膝下の二ヶ所から出血してる。
両手のひらも合わせて三ヶ所。
それも両手両足だから、合計6ヶ所の出血。
さすがにこの雨の中を歩かせるわけにはいかない。

まだ深江浜にも着いてないからあと6㎞ぐらいはあるだろう。
しかしこの、私の見知らぬ綺麗な女性の赤い車は2シート車。
……彩瀬を他の女に託すのは非常に気分が悪いが、背に腹は代えられない。

「すみません、お車を濡らせてしまいますが、兄をお願いします。」
私はそう言って、頭を下げた。

「あー……。」
途方に暮れた顔の彩瀬の背中を押して、車に乗せてもらうように促した。
「じゃ、どっちが早く着くか、競争ね。」
そう言って、私はもう一度彼女に頭を下げて、歩き出した。

「あー。」
彩瀬の声が聞こえたけど、振り返らなかった。

……どうせ雨でわからないだろうけど、私の両目からは熱を帯びた涙があふれ出していた。

口惜しい。

こんなことなら、多少遠回りでも、彩瀬の望んだように線路沿いの国道まで戻って歩けばよかった。