一学期の終業式の日。
終礼が終わるといつも通り教室を飛び出して、彩瀬の高校へと向かった。

どんどん生徒が出てくるのに、彩瀬はなかなか現れない。
……また何かやらかしたのだろうか。
苛々してくる。

門の前まで行こうか。
でも、正門から出てくるか、通用門から出てくるか……彩瀬は何も考えずに行動することが多いから……行き違いになってもおもしろくない。

結局いつも通り、グランドの壁にもたれてやきもきしていた。
ら、すぐ上でバーン!と鈍い音がした。
驚いて振り返って見上げると、フェンスにサッカーボールが当たったらしい。

「危な-……びっくりするやん。」
そうつぶやくと、
「すいませんっ!」
と、謝罪の言葉が降ってきた。

ボールだけじゃなくて人もいたのか。
てか、もしかして、人がフェンスに当たった音だったのか?

もう一度見上げると、ひょこっと顔を出したのは碁会所であった彼だった。
「あ。」
私に気づいたらしい。

「自分、サッカー部なんや。」

彼は、少し笑った。
「囲碁将棋部やと思った?」

「いや、日焼けしとーし。攻撃的やのに守りに転じるタイミングもばっちりやし、勝敗にこだわるスポーツをしてると思とった。」

私がそう言うと、彼はスーッと笑いをおさめた。
「……あの夜、棋譜を起こしたけど、君、本気で勝とうとしてなかったやろ。君は?囲碁は遊び?」

あ、バレたんや。
でも……遊び?暇つぶし?……違うな。

「集中することでストレスが発散できるというか。勝ち負けは二の次かも。」
それから、彼を見上げて言った。
「自分と打ったん、本気で遊べておもしろかったで。」

彼は苦笑してから、口を開いた。
「小門頼之(こかどよりゆき)。」

名前?

「敬語使えとは言わんけど、『自分』って二人称はちょっと。君は?」
……サッカー部とかバリバリ体育会系だから、明らかに年下の中学生からのタメ口は気に入らないだろうに。

「吉川あおい。来年、ココに入るし。よろしく、センパイ。」

彼、小門頼之は首をかしげた。
「じゃあ、受験終わるまで、あおいは碁会所には来んの?俺、あれからも何度か通ってんけど。」

むっ!呼び捨てにされた!
「私も何度も行ってるで。小門とは縁がないねんろ。」
ツーンとそっぽを向いて、私はその場を去ろうとした。

「縁?」
小門の声の調子が変わった。

ざわっと皮膚が泡立つのを感じた。

「充分だろ。てか、あおい、生意気過ぎて、やばいわ。」
やばい?

再び見上げると、好戦的な目で小門が私を見ていた。
「あおい、俺と勝負しろよ。最初から本気で。」
対局した時と同じ、ギラギラしたパワーに圧倒されそうになる。

「いいで。」
そう返事すると、小門はにやりと笑った。

「受験終わったら、付き合えよ。」
……囲碁……の話じゃなくなった気がする。

「嫌なら、本気で逃げろよ。絶対捕まえるけど。」

小門はそう言い置いて、走って練習に戻って行った。