共に。
だんだん忙しくなってきたが、手紙や電話、メールのやりとりがこまめなのは相変わらずで、
「みなみの好きな生八橋を探しに聖護院の近くまで行く」
などといった記述も見られるようになった。
休みが合うと、みなみと一慶は函館のみなみの両親に挨拶に出掛けた。
どちらも結婚には賛同しており、
「二人でしあわせになりなさい」
と土産までもらって、そのあとは大沼や洞爺湖を回って、千歳の飛行場から帰って来ている。
が。
みなみが東京に戻って数日後、
「みなみ、この記事ってどういうこと?」
と恵里菜が持ってきたのは、週刊誌の見出しである。
そこには、
「橘みなみが隠したい父の性的虐待」
という字が書かれてある。
見た。
みなみは顔がこわばり、その色白の顔から血の気が退いてゆくのを、どうすることも出来なかった。