もう母親は帰ってこない……
母親に逢えない寂しさと、
母親に捨てられた悲しさと、
息子の俺よりも、あの男を選んだ母親への憎しみで。
まだ幼かった俺は、涙が止まらなかった。
俺たちはベランダから、母親が男と車に乗り込む姿を見つめる。
『……湊ちゃん』
『……っ』
『湊ちゃん』
そのとき、
静かにそっと
俺の手を握りしめてくれたのは
……結雨だった。
『湊ちゃんには、結雨がついてるよ』
目を伏せたまま、結雨はそう言ってくれた。
――母親に振り払われた俺の手を、そっと握りしめてくれた結雨の小さな手。
10年前のあの日。
桜の花びらが舞う中、母親は俺の前から消えていった――。


![春、さくら、君を想うナミダ。[完]](https://www.no-ichigo.jp/img/issuedProduct/10560-750.jpg?t=1495684634)
