手を振り払われたショックで、俺は母親を追いかけることができなかった。
……お母さんは
きっともう……帰ってこない。
『おかぁ……さん……』
俺は、玄関から家のベランダのほうへと歩いていく。
部屋からベランダに出た俺は、ベランダの柵を両手で握りしめ、柵の隙間から母親の姿を探した。
マンションの前の道路わきには車がとまっていて、その車のそばには見知らぬ男が立っていた。
スーツケースを持った母親が現れると、その男は母親のスーツケースを受け取り、車のトランクに入れた。
そしてその男は、母親の手を引いて……抱き締めたんだ。
『……っ……なんで……』
……ウソつき。
“大好きよ、湊”
お母さんの……ウソつき……。
俺は力が抜けたように、柵から手を離した。
母親とその男の姿を見つめる俺は、強く拳を握りしめる。
手も足も。唇も。震えてた。
その光景から目を離せなかった。
だから俺は、結雨が来たことにも気づかなくて。
『湊ちゃん、玄関のカギ開けっぱなしだったよ?なかなか来ないからどぉしたのかなって……』


![春、さくら、君を想うナミダ。[完]](https://www.no-ichigo.jp/img/issuedProduct/10560-750.jpg?t=1495684634)
