ワインとパン、それと果物を入れた籠を持って、出掛ける際にはいつも身に付けるようにしている赤い頭巾を被る。


「行ってきます!」


生まれ育ったこの森の中には、僕の家と道を真っ直ぐ進んで行った先にあるお婆さんの家しかない。


森の動物達は皆友達だけど、僕には人間の友達はいないはずだからきっとそうなのだろうと思う。


頭上を飛び交う小鳥たちに手を振りながら道を歩いて行く。


様々な魅力的な花々の匂いが彼方此方から漂ってきて、甘い香りが僕を誘う。


特別甘い匂いにつられて、僕は進むべき道から大きく外れて湖の畔まで歩いて行った。


柔らかな草の香りに誘われて寝転がり、木漏れ日に目を細める。


草に埋もれながら転がっていくと、水面に目当ての花が美しく咲いているのが映っていた。


「なんて素敵な花なんだろう…!お婆さんにあげたらきっと喜ぶなぁ」


茎を折り曲げて花を積むと、手には青臭い匂いがベッタリと付いてしまった。


すぐに湖で手を濯ぐと、揺れる水面に映っていた大木の影に怪しい影が見えた。


アッと声を上げそうになるのを堪えて、頭巾を被った少年は持ってきた荷物を自分の身に寄せる。


クリアに映しだされた時見えたのは、自分と同じ髪色が木の影から見え隠れしている状態だった。


身長は少年より少し高い。


少年は胸の高鳴りを抑えきれなくなり、好奇心から自らその影に近づこうとする。


緊張で握りしめた花が風に揺れる。


ゆっくりと歩み寄ると、近づいて来た足音に驚いたのか、スッポリと木の影に隠れてしまった。


「ぁ、の、僕っ…」


引きとめようと思い手を伸ばすと、掴んだ手首のような部分には毛のような感覚が…


手を滑らせると、自分のそれとはまるで違う感触がした。


驚いて手を引くと、現れたのは…


「ぉ、か…み……?」


少年が掴んでいた花の花弁が野原に散る。


彼はそこで、記憶にある中では生まれて初めて自分以外の声を聞いた。


そして、生まれて初めて自分以外の体温を感じた瞬間でもあった。


『どうして、俺が…』


涙を流す狼の瞳の先には、血濡れた自分の姿を映した水面が悲しく揺れていた。