彼は藤娘

「え?髪切ったんや!」
「あらら……」
あれ?
「私、言ってへんかったっけ?先週末、楽屋でバッサリ。」
奈津菜が、スプーンを置いて、うなずきながら言った。
「それでじゃない?失恋したら髪を切る、ってやつ。普通は女子がするねんろうけど。」
……しょ~もな~……。
絶句してると、遥香も納得したらしい。
「そうやわ。ほら、あきちゃん、今週ずっと朝練やったし。同じ電車で登校もしてへんやん?」
あ~、確かに。
なるほど、たまたまタイミングが重なったから、そんなふうに勘ぐられたのか。
何だか馬鹿馬鹿しくって、脱力する。
……まあ、いいけど。

「それで、あやのじょうとは、どこまで進んだの?」
あやのじょう……彩乃丈?……彩乃嬢じゃないよね。
歌舞伎役者とかに付ける「丈」でいいのかな?
遥香のいつもながらな質問より、そっちのほうが気になってしまった。

「彩乃くん、これから『副家元』で『綾之助』なんやて。そっちのほうが呼びやすい?……ちなみに、遥香が期待することは何もありません。」

「あやのすけ……可愛いのか渋いのかわからへん。」
奈津菜にそう言われて、苦笑する。

「うん。私も。でもお家元はもう彩乃くんのことを『副家元』って呼んでたよ。話が弾んだら『彩乃さん』に戻ったけど。」

「あきちゃん、お家元とも仲良くなったん?おばさんたらし込むのん、ほんま、うまいよね~。」
む!
遥香の言葉に毒が込められた!

「遥香のように男をたらすのは苦手やけどね。」
負けずに私もそう言って、斜めに向いて、ふんっ!と顎を上げて見せた。

「そんな言い方せんと。遥香は綺麗で異性にだらしない享楽家、あきちゃんは礼儀正しくてしっかりしてるけどおまぬけ……その結果、愛される層が違うだけやん。」
奈津菜がそう取り成してくれたけど、微妙な言い回しをされ、却って変な空気になってしまった。

それに気づいて奈津菜は、ため息をついた。
「……私は良識的なのにいつも世間からずれてるね……」
奈津菜の嘆きで、何となく場が和んだ。


お家元に到着すると、彩乃くんがお家元にお稽古をつけてもらっている最中だったようだ。

♪汗に濡れたるはれ浴衣 鬢のほつれを簪の 届かぬ愚痴も好いた同士
 命と腕に堀切の 水に色ある花あやめ♪

私は邪魔しないように静かに奥に進み、水屋に準備されているお花を開けた。
ヒイラギ……へえ、もうクリスマス?
外はちょうど紅葉が見頃なのに、花材は冬。
珍しいな、桐も入ってる。
私はうきうきと、組み合わせを考えて、いつものように順番に活(い)けていった。