彼は藤娘

「安心しました。副家元があなたにだいぶん迷惑をかけているようでしたので。そのお花もあの子のためにあなたがわざわざ買ってきたのかと。」
え!?
「いえいえ!めっそうもございません!あの、むしろ、私、申し訳なくて。」

私は、ちょっと慌てて、わたわたしてしまった。
いかんいかん。
一つ深呼吸をして、お家元にちゃんと向き合い直した。

「あの、ご相談したいことがあるのですが、今、よろしいでしょうか?」
お家元が首をかしげられる。
「私に、ですか?」

「はい。あの、先日から、あや……副家元が、ご自分の大事なお着物を私に持って帰れ、と仰ってて、正直なところ困っています。あんなに高価なものをとてもお預かりすることはできません。」
お家元は、苦笑なさった。
「あなたは、うちのものではありませんから無理に『副家元』とお呼びすることはありませんよ。それに着物、よく似合ってました。」

いやいやいや!
似合うとか似合わんとかの問題じゃないし。

「お気持ちはありがたいのですが、やはり、それとこれとは別だと思うんです。第一、あのお着物を彩乃さんのために作ってくださったかたの気持ちを考えると、とても受け取れません。」

……たぶんお家元なんだろうな、と思いつつ、私はそう言ってみた。
するとお家元の目がすうっと細くなり、また大きく開いた。

「副家元はもう充分着はりました。あの着物の役目はそこで終わり。価値のわからない遠縁に差し上げられたり、売ったりされるよりは、あなたに着ていただいたほうが嬉しく思います。」

じゃ、やっぱりお家元が彩乃くんに買ったんだ……。
私は慌てて手をついた。
「すみませんでした。袖を通す前に、先におばあさまにお伺いすべきでした。考えが至りませんでした。」

あ、しまった!
お家元じゃなくて、おばあさまって言っちゃった。
もうすぐ12月なのに、汗が流れる。

「ほほ……ほ……」

え?
笑い声が聞こえて、思わず顔を上げると、お家元が口元を押さえて笑いをこらえてらした。

「祖母と呼んでくださるのねえ。明子ちゃん。」
やっとそう仰ってまた笑われた。
……明るい?

「あのぉ?」
「ほほ。小さい頃と変わらないわね、明子ちゃん。しっかりしてるのに、どこか抜けてて憎めない。」
「……覚えてらっしゃるんですか……私のこと。」

半信半疑でそう聞くと、お家元はうなずかれた。
「もちろんですよ。あなたが、何度会っても彩乃さんのことを女の子と信じて疑ってないのが、かわいくてかわいくて。」
お家元はまた、声をたてて笑われた。

え~と~……あれ?
じゃ、こちらに遊びにきてたこと、特に怒ってらっしゃらなかったんだ。
狐につままれた気分。