彼は藤娘

「では、失礼します。おやすみなさい。遅くにすみませんでした。」
彩乃くんは、綺麗なお辞儀と笑顔を残して、去って行った。
車の発進音が過ぎ去ってから、私は玄関に座り込んだ。

「いつから付き合ってるん?あんたのお華の会の時は、来てはらへんかったやん。」
母が興味津々で聞いてくる。

「いや、来てはったよ。忙しくてすぐ帰らはっただけで。あ、あの時の2人、セルジュと義人くんとは彩乃くんのお友達やから。」
「ああ!」
と、母が得心したらしい。

「お父さ~ん。何で出てこぉへんかったん?」
そう言いながら家に入ってくと、父は
「紋付き袴で来てはるのに、パジャマで出迎えられるか!?先に言うといてくれんと……」
と、ぶつぶつ文句を言っていた。

「で、彼氏、何であの格好で来はったん?あんたも。何やってるん?」
「ま、そのへんは、本人に聞いて。私は振り回されてるだけ。お風呂入ってくる~。」
うまく言えそうにないので、彩乃くんに任せることにした。

夜、彩乃くんから電話があった。
『……怒った?』

恐る恐る彩乃くんにそう聞かれて、驚く。
「何で?『付き合ってる』ってゆーてもろて、むしろうれしかったけど?」

『そうなん?』
彩乃くんは、不思議そうだ。
『ほな、ええねんけど……急やったし怒ったかな、と……』

私は苦笑する。
「あ~。彩乃くんはいっつも急で、いっつも強引やから、もう慣れた。結果オーライなら、いいや。」

私がそう言うと、彩乃くんはしばらく黙っていたけれど、ボソッと言った。
『……あきが『竹原くん』じゃなくて『義人くん』って呼んだん聞いたら、頭に血がのぼった。』

え!
「それでなん?急に……」

彩乃くんは、拗ねた口調になっていた。
『義人にさんざんからかわれた。俺、あきのことでは余裕なさすぎ、って。』

……そうなんや。
私のこと限定なんや。
それは、うれしいかも。
「いいやん。余裕綽々で恋愛する年齢ちゃうやん。私も今日、お姫様な彩乃くんにも、髪切った彩乃くんにも心臓ばくばくになったよ。まだ直視できひん。」

『あぁ、悪かったな。切ってしもて。』

……私に謝らんでもいいのに。
やっぱり、私のための長髪やったんかな。
てか、そういうことなら、もっと早く知りたかったな。
あの髪に触れてみたかった。
くやしいな。

「ねえ?これから、いっぱい逢って、いっぱい話そう。彩乃くんのこと、もっと知りたい。」
わからないことだらけで、もどかしい。

『俺、しゃべるの苦手。』
「そ~お?2人の時は、うるさいぐらい話しかけてくるやん。」

彩乃くんは、少し沈黙したあとで言った。
『そうかもしれん。あきは特別やな。』

……うれしい。

彩乃くんは、明日も私を振り回すんだろうな。

とても……楽しみ。