彼は藤娘

翌日の放課後、お茶のお稽古に行くと師が土日のお手伝いをねぎらってくれた。
「あきちゃ~ん、聞いたえ。先生、褒めてはったわ。お疲れさん。」

「そうですか……」
……どこまで聞いてらっしゃるのかわからないので、私は言葉少なく返事した。

「それでね、あきちゃんに光栄なお話をいただいたんやけど……」
師は、ちょっと困ったような顔になった。
「芳澤流のお家元にね、お華活けに来ぃひんかって。来年お師範いただいたら1回1万円、それまでは5千円。交通費込みで。高校生には過分やと思うねんけど、あちらさんがそう言うてはるから……」

え!?
「何で?あ~、先生の先生が推薦してくれはったとか?」
彩乃くんの大叔母さまの優しそうな笑顔を思い出してそう聞いてみた。

でも師は、眉をひそめた。
「それだけちゃうでしょう。ずっと先生が活けてきてはるし、先生にかてナンボでも優秀な社中さんいてはるねんし。わざわざあきちゃんを指名してはるんは、芳澤のお家元の意志やわ。あんた、何しでかしてきたん?えらい気に入られようやないの。でもやり過ぎると、後が怖いえ。」

「怖いって……」
私はそれ以上言葉が続かず、生唾を飲み込んだ。

「踊りの勧誘……ならまだいいけど、裏方の手伝(てった)いか……まだ早い思うけど家元嗣(いえもとし)のお嫁さん候補とか……」
来たーっ!

「……イジメられる?」
私が恐る恐るそう聞くと、師は少し驚いた顔をしてから笑った。

「何で?わざわざ呼びよせてイジメるわけないやないの。芳澤のお家元は、よぉできた人やで。まあ、あきちゃんにとっては、すごーくいい勉強になる思うわ。」

うーん……
私は、どうやら何も聞いていないらしい師に、彩乃くんとのことを言うべきか否か、悩んだ。
でも、他の社中さんが来られて、この話は終わってしまった。

帰り際、師に意志を確認された。
「どうする?とりあえず何度かやってみてから決めるか?けんもほろろやと、角(かど)立つし。」

「……うん。」
考えようによっては、ラッキーだと思う。
お華の勉強とバイトを一緒にさせてもらえるだけでなく、彩乃くんのお稽古を見られるかもしれない。

「ほな、先生に伝えとくわ。……でも、あんまり猫かぶらんときや。見込まれてしもたら、苦労するで~~~~。」
師は冗談のつもりでそう言ったようだけれど、私には全く笑えなかった。