彼は藤娘

20時に、お継父さまが降りてきた。
「お嬢さん、送るわ。おいで。」

宇宙人との意思疎通をはかれず頭が真っ白になった私にとって助け舟のようだった。
お母さまに丁寧にお礼を述べて、気づいてもらえないけど、彩乃くんにもバイバイして、お継父さまについてお家を出る。

「坊主は、迷惑かけてへんか?」
車の中でそう聞かれて、私はやっと普通に会話ができるとホッとした。

「ありがとうございます。大丈夫です。振り幅というかギャップが大きいので驚くことは多いけど、親切にしていただいてます。」

お継父さまは、ふーっと大きなため息をついた。
「しっかりしてはるわ。家内みたいなん連れてきよったらどうしようかと思っとったわ。よかった。坊主のこと、頼むな。」

何か、過度な期待をされませんでした?今。

「また遊びにおいで。いつでも歓迎するさかい。」

彩乃くん家からうちまで、車だと10分ぐらい?
思ったより近くて、結局お継父さまともたいした会話はできないまま、お礼を言って車を降りた。

いかついけど親切で温かそうなお継父さまと、優しいけれど舞に全く興味のないお母さま。
彩乃くんにだけは厳しいけど、社中さんには慕われているお家元。

……彩乃くんを取り巻く家庭環境は、よくわからないけれどややこしそうだ。


翌朝、いつもの電車に乗った。
副会長と今日の会議の話を少しして、桂駅で乗り換え。

しばし待つと彩乃くんがやってきた。
「おはよう。昨日はありがとう。」

とりあえずそう言うと、彩乃くんは憮然として
「着物、置いて帰ったやろ。」
と言った。

あれ、怒ってる?
「うん?でもいきなり持って帰れへんよ。うちの親、びっくりするわ。」

彩乃くんは納得してくれず
「やっぱり、一昨日挨拶しとくべきやった。来月とかゆーてんと、行く。」
と、独りでぶちぶち言ってた。

「なんや~?また彩乃、不機嫌なん?」
女の子を引き連れて竹原くんがやってきた。

「おはよう。」
「おはよう、あきちゃん。……あれ?2人、できた?」
竹原くんがいきなりそう指摘した。

「何で!?」

驚いて声を挙げると、竹原くんが拍手をした。
「お~!マジか!思ったより早かったなあ。この土日デートでもしたん?」

……周囲にざわつきの波が広がり、どよめき、小さな悲鳴が上がる。
彩乃くんのファンもいたんだな、とはじめて知った。

ちょっと申し訳ない気もしたけど、今後のために牽制しておこうかと、私は顔を上げて言った。
「すっかり忘れててんけどね、実は幼なじみで、」

「許婚(いいなずけ)や。今まで我慢してたけど、お前もセルジュも馴れ馴れしいねん。特に義人、あきに触るなよ。」
私の言葉を取り上げて、彩乃くんが声を張ってそう言った。

周囲に非難と悲鳴が渦巻く。

……牽制球のつもりが、アウトだよ、彩乃くん。