彼は藤娘

彩乃くんの眉間に皺が寄り、傷ついた表情になる。

……あ、なんか、私が悪者になってる?

私は涙を拭こうとハンカチを探す。
スッと彩乃くんが懐中から手ぬぐいを出してくれた。

「ありがと。」
受け取って、涙を拭く。

彩乃くんがやっと口を開く。
「何でそうなるねん。昨日の話、ちゃんと聞いてた?お前、ほんま、あほやろ。」

ひどいっ!!!
驚きと怒りで涙が引っ込んだ。
「あほちゃうわっ!彩乃くんがめんどくさくてわかりにくいねん。」

「ありふれた言葉にせな、わからんか?俺が想ってることは全然伝わってへんか?」

確かに、全く伝わってないことはない。
でも。
「言葉、欲しい。私、恋愛初心者やもん。恋に恋する夢見る夢子ちゃんやもん。」

彩乃くんの眉間にますます縦線が刻まれた。
「無理。柄じゃない。昨日言うた通りや。俺はずっとあきを想ってた。あきに逢うのを目標にがんばってきた。再会してからもあきのことばかり考えてる。あきにも俺のことを想ってほしい。それじゃあかんか?」

……そんな怖い顔して言われても。
「表情を和らげてくれたら、素直に、うれしい。」
私がそう言うと、彩乃くんは、ふっと笑った。

「お前も。睨むなよ。まっすぐ見てろとは言うたけど、睨まれるのは敵わんわ。」
慌てて両目を押さえてから、そっと彩乃くんを見る。

「うん。そういう目で見てて。」
そう言ってから、彩乃くんがズイッとひと膝、前へ、私のほうへと進んだ。

「普通の高校生の恋愛はできひんと思う。悪いけど、そんな暇はないねん。俺がどんなに嫌がっても、この家から離れられへんやろ。俺には責任と義務がある。でも、あきにはまだその覚悟しろとは言えん。何も知らんのに、惚れたはれたで強引に巻き込んでもうまくいかん。俺の両親の二の舞になるのは嫌や。だから、あきの欲しい言葉をやれるんは、あきが覚悟を決めた時や。」

真剣な彩乃くんの目は、いつもより明るい色で、昔のスポ根漫画のように燃えて見えた。
私も真剣に聞いてたけど、最後に「ん?」と引っかかる。

「私次第なん?それって、なんか、ずるくない?」

彩乃くんは、苦笑した。
「ずるくない。あきを尊重してるんや。俺は、あきが俺と苦労の道を進むのをこいねがってるけど、決めるのは、あきや。」
開き直ったのか、彩乃くんはそう言って胸を張った。

「この着物だけやない、俺が着てた女もんの着物全部あきに預ける。和箪笥(わだんす)ごと届ける。どうせ次の家元嗣(いえもとし)まで箪笥の肥やしねんから、それまで、あきが活用したらいい。」
「和箪笥ごと……」
桁違いな話に、私は呆然とした。

彩乃くんは、そんな私の反応の鈍さにため息をついて続けた。

「嫁に来る時に持って来てくれたらいい。……これなら、あきの欲しい約束になるか?」