彼は藤娘

私は、隣接した小さな小部屋に案内された。

「帯は俺が結ぶから。」
そう言われて、ドキッとした。

「え!私、昨日おかしかった?歪んでた?」
「いや、ちゃんとしてたで。自分であれだけ綺麗に着られたら上等やろ。……この帯は芯が硬いし大変やろから。」
彩乃くんはそう言って、淡い光沢の帯を見せた。

あ、舞妓ちゃんとか、踊りの人の帯はシャキッとするように硬い芯を入れるって聞いたことある。
それしにてもその帯も、ものすごくいいものに見えるけど。

……いやいやいや。
「帯は、サイズ、問題ないよね?貸してくれるだけよね?」
とても、もらえるレベルのものじゃない!と、思わず確認してしまう。

彩乃くんはこともなげに言った。
「その着物にしか合わへんもん。やる。」
……なんか、とんでもないことになってきた気がする。

私は脱力して、引き戸を閉め、彩乃くんのお着物に袖を通させていただいた。
シミひとつ、しわひとつない、美しい縮緬はなめらかで、着心地もよくて。
彩乃くんはよくても、この着物を彩乃くんに買ってあげた人に申し訳ない。
お母さまかお家元か、わからないけれど。

伊達締めをしめて、彩乃くんのお部屋に戻ると、確かに見るからに硬そうな帯を折って重ねて準備されてた。
「ココ、立って。」
彩乃くんが男師さんのようにするすると私に帯を巻きつけ、しめてくれた。
ドキッとしたけど、あまりいやらしい感じはない。
なんせ手慣れてはるから、早い早い。

「人に着せてあげるのも慣れてるの?」
「まあ。妹弟子とか弟弟子の面倒みることもあったし。最近はしてへんけど。できた。」

彩乃くんは少し離れて、私を見た。
「うん、やっぱり似合う。絶対イイと思ってん。」
うれしそうな笑顔に、私の心臓がドキドキとうるさく騒ぐ。

「ありがとう。あの、でも……」
「心配せんでも、母親に無断で持ってきたりしてへんし。ちゃんと、あきにやる、ってゆーてきたし。」
「はあっ!?」

……逆にそれはそれでめっちゃ怖いんですけど。
お母さま、どんなふうに思わはったやろう。

いつまでも困ってる私に、彩乃くんは不満そうに言った。
「そんな顔させたくて持ってきたんちゃうのに。ほな、あげるのやめる。貸す。せやし遠慮せんと着て俺に見せて。」

私は、苦笑した。
「こんなに綺麗なまま返せる自信もないけど。」

彩乃くんは自分の着る着物を準備しながら言った。
「汚れたら悉皆(しっかい)に出すしかまへん。俺、かなり着たで。背ぇ伸びるまで。」

……こんなに可愛くて綺麗なお着物ばっかり着てはったんかな。
美少女やったやろうなあ。

「その頃の写真見たい。」
私がそう言うと、彩乃くんは一瞬たじろいだけど、少し考えてからうなずいた。
「わかった。うちに来たら見せる。」

うち!

「敷居高いわ。」
つい苦笑すると、彩乃くんは首をふった。

「ココのほうがはるかに入れんやろ、普通は。うちはフランクやし全然。来て。」