彼は藤娘

彩乃くんは、しばらく私の足をさすってくれてから、
「前脛骨筋がパンパン。あき、前のめりで歩いてるやろ。こまめにストレッチしたほうがいいで。」
と言った。

「ん~。今、お昼休みにストレッチしてるねんけどなあ。体、柔らかくしようと思って。」
そう返したけど、
「違う違う。柔らかくするためじゃなくて、使った筋肉を緩めて伸ばすためにするん。こんな感じ。」
そう言って、彩乃くんは正座して両手を後ろについた。
「爪先まっすぐ、な。」

私も真似してやってみる。
「正座に近いけど、体重を後ろにかけるだけで効果あるんやねえ。でも、これ、学校ではできひん。」

彩乃くんは笑って立ち上がった。
「そういうところ、全然変わってへんな、『あきちゃん』。めんどくさくてしつこい子やったわ。」

ひどいっ!
てか、そういう風に思われてたんや!

ショックを受けてると、彩乃くんはニヤリと笑って続けた。
「せやから仲良くなれてんろ。あの頃の俺は、他人を寄せ付けへんかったから。」

……いや、今でもたぶん近寄りがたいです。
それに彩乃くんかて、めんどくさい人って、副会長が言うてたもん!

ちょっとふくれてる私の両手を取ってゆっくり立ちあがらせながら彩乃くんは続けた。
「あきが、めんどくさくてしつこい子のままでうれしかった。」

綺麗な笑顔に目がチカチカする。
決して褒められてるわけではないけれど、むしろ欠点をそんな風に受け入れてもらっていることがうれしい。

彩乃くんは、私を壁のほうに誘(いざな)った。
壁に向かって手をつき、片足ずつゆっくりと地面に足の甲を押し付けて曲げる。
「これなら教室でも駅でもできるやろ。……あ、そうや、駅では踊るなよ。あほみたいで、かわいすぎるから。」

流し目でそんなこと言われても。
……そっか。
彩乃くんの目がやたら印象的に動くのは、日本舞踊の影響かも。
自然に色っぽいしぐさや目つきになるんやもん。

「私が踊ってもラジオ体操にしかならへんのに、彩乃くんは目線ひとつ、手先の動きひとつで雰囲気出るよね。……ん~、こんな感じ?」
彩乃くんの真似をして、壁に手をついてストレッチをしながら、おもむろに目線を送ってみる。

すると彩乃くんは、私の目の前でパンと自分の両手を打った。
猫だまし?……にしては驚かない程度にゆっくりだったな。
「あほ。お前は色目なんか覚えんでええ。まっすぐ、俺を見とけ。」

!!!

なんか、すごいこと言われた気がする。
……えーと。
やっぱり、自惚(うぬぼ)れていいのかな。
幼なじみだから、特別に思ってくれて優しくしてくれている……だけじゃない?

本当に?

私、彩乃くんを見ていていいの?

ずっとそばにいて、いいの?