彼は藤娘

彩乃くんには、一応その気遣いも伝わっていたらしい。
「ハネムーン、近場でよければ来月、海外やったら秋の発表会終わった頃なら行けそうやけど……」

最中にそう言われて、目をぱちくりした。
「……そうなんや……」
息が荒くなってるので、そう答えるのがやっとだった。
なぜ、今、言うんだろ。

「どこ、行きたい?」
そう言われても、きもちよすて、今は頭が真っ白。
「……温泉……バーデン・バーデン……」
「わかった。温泉ならすぐに妊娠しても、行けるな。」
彩乃くんはそう言うとスピードを速めた。

彩乃くんが息をついて、私の上にぐったりと体重を預けた。
ガクガクと痙攣するのを止められず、私は彩乃くんの背中に手を回してしがみついた。

彩乃くんは私の髪を撫でながら、愛しそうに言ってくれた。
「これからは毎日、生(なま)でできるんやな……」
私の頬が、ヒクッとひきつった。

……あっという間に妊娠してしまうんやろうな。
お家元が喜ばはるわ……。


翌朝はルームサービスでモーニングをいただいた。
……朝食のレストランに行くと、披露宴に来てくださってそのままこちらに宿泊された諸先生がたに逢いそうなので。


昼過ぎにチェックアウトして、すぐお家元に帰るのかと思ってたら、彩乃くんは奈津菜の嫁いだ呉服屋さんに連れて行ってくれた。
……私に、段ぼかしの無地の一つ紋を誂えてくれたらしい。

「えー!結納の時にも作ってくれたやん!もう充分!もういらん、って!」
また、見事な地紋の風合いに、私は値段を推し量って後ずさりした。

「うん。あきちゃん、これからはそう言うて、自分の着物は作る気ないやろ?せやし、彩乃くんが気ぃ遣ってくれはったん。優しい旦那さまやねえ。ねえ~?」
「ねえ~。」
奈津菜は自分の膝に、前妻の子である奈津花ちゃんを座らせてニコニコと笑い合っていた。
えらい仲良しになったもんだ。

「なっちゃんねえ、舞、習いたいんだって。ね~?」
「うん!赤いお着物で、ひらひらするの~。」
ひらひら?

「……どうも扇が気に入ったらしくて。幼稚園に入園したら、習わせようと思うんやけど、芳澤さん、こんなちっちゃい子でも、ご迷惑やないですか?」
若い嫁と愛らしい娘にデレデレな、元担任の佐野が彩乃くんに聞いた。

「行き帰りの送迎だけしてくだされば、いつからでもお引き受けいたします。」
彩乃くんの美しい所作は、佐野よりも、奥の部屋に控えていた佐野母に感銘を与えたらしい。

「早いほうがいいんちゃいますか?奈津花は甘やかされっぱなしですから。幼稚園に入る前に多少は礼儀作法を身につけといたほうがええと思います。」