彼は藤娘

「あの、お継父さま。お義母さまが、ちょっと誤解してらしたみたいで怒ってらっしゃるようなのですが……」
そう耳打ちすると、
「あ~!ごめんな。誤解じゃないんや。拗ねとるんや。坊主をばあさんに取られると思うとくやしくてしょうがないのを我慢してたのに、昔を知ってる年寄どもに何か言われたみたいで、ぶり返したみたいやわ。意地になっとるんやろ。」
と、お継父さまは苦笑いして、手を振って高砂から降りてしまわれた。

「取られる……」
そんなことじゃないのに。
お家元の夫婦養子になったって、私たちが梅宮のお継父さまやお義母さまの子供であることは変わらない。
もちろん、村上の両親の子供であることもまた然り。
ただ、受け継ぐべきモノと、敬愛してお仕えするヒトが増えただけなのに。

誰に何を言われはったか知らんけど、それにしても、披露宴でごねなくても……。
お義母さまが私の席に座ってハンカチを揉みしぼっているのを苦々しく見てしまう。

「お花嫁さまがそのような目をしてはいけませんよ。」
すーっと涼しい顔で壇上に上がってきてそうおっしゃったのは、墨衣の上垣さん。

思わず目をパチパチして、険しくなってるであろう目をほぐす。
「こんな目でいいですか?」
意識して笑顔を作ってそう聞くと、
「南無阿弥陀仏。」
と上垣さんはおっしゃった……いいらしい。

上垣さんは、マイクの前に立ち、低いイイ声でお話を始められた。
……法話だ。
驚いたけど、悪人正機説を踏まえたお救いの話をわかりやすく、興味深く話され
て、引き込まれた。

「……しかし、これは、何も、私どもの宗派と信心に限った話ではございません。宗派や宗旨の枠すら越えて、人と人との関係、ご家族や友人など身近な関係においても、大切なことであると言えます。よく『信じる者は救われる』と信心を揶揄する言葉がございますが、先ほども申し上げました通り、信じていない者も当然救われます。これは、『信心』の有無に関わらず、まず御仏(みほとけ)の『お救い』が必ずあるためです。」

上垣さんは、ここで、ちらりと私を見た。

「『アメイジング・グレイス』という有名な曲を、みなさまはご存じでしょうか。よく結婚式や披露宴でも使われている曲ですが、あれなどはキリスト教に関わりの深い曲でして、私どもとは考えかたが違うはずなのですが、やはりそこには、まず『お救い』があります。あまり知られておりませんが、『アメイジング・グレイス』の作詞をされたジョン・ニュートンは元はアフリカからアメリカへ黒人を奴隷として拉致して運ぶ船の船長でした。しかし彼のような非人道的な生業(なりわい)をしていた者にも『お救い』と『許し』がまずあったわけです。だからこそ、悪行を悔い改めることができたのでしょう。」