彼は藤娘

「希和(きわ)、おもしろくなくてもおとなしく座ってなあかんで。」
「……お兄さん……当たり前です……」
義人くんは、若い恋人にデレデレだ……と言うと語弊があるだろうか。

数ヶ月前、義人くんのお家は児童福祉施設から12歳の女の子を1人養女に迎えた。
どう見ても、義人くんが彼女、希和子ちゃんに惚れ込んでいるように見える。

義人くんは年上の女性とも付き合ってたし特別ロリコンだとは思わないけど、光源氏と若紫気分で楽しんでいるみたい。
今日も、希和子ちゃんに赤い振袖を着せて最前列にお姫さまのように座らせてニコニコしている。

「ふふ。百年の恋も冷めるわ。義人のそんな顔見ると。」
すぐ後ろの席から、遙香が苦笑いした。

「遙香はとっくに真秀(まほ)さんに乗り換えたやん。」
隣の奈津菜のツッコミに、遙香はにへら~っとにやけた。
ゴールデンウィークが終わったら、上垣さんが逢いにきてくれるらしい。
幸せそうで、何よりだわ。

開幕5分前の「1ベル」が鳴ると、私は一番後ろの通路に下がった。
……ここ数年は、ココが私の指定席。
たぶんこれからも、ずっとそうだろう。
お客様の前に身内が座るわけにいかないから。

舞台からは遠いけれど、けっこう私はココが気に入っている。
客席の友人達を眺めると、それだけで心が温かくなるから。

かつて、義人くんの家にみんなで泊まって騒いだような時はもう来ないかもしれない。
それぞれに、大切な人ができて、家庭を持ち、仕事に打ち込めば、今のような自由はないだろうから。
でも、こうして年に2回の舞台には駆け付けてくれる。
本当に、ありがたいし、うれしい。

♪たどり行く 今は心も乱れ候♪

長唄連中で艶っぽい唄が始まる。

♪とかく恋路の濡衣 干さぬ涙の しっぽりと
身に染々と 可愛ゆさの それが嵩じた 物狂♪

花道を彩乃くんが、杖をつきながらふらふらと舞台に向かう。
椀久は松山に入れあげ過ぎて、座敷牢に入れられて狂ってしまう豪商の若旦那。

……思い起こせば、彩乃くんは初めての物狂いの「保名」の時、この花道の出を燈子ちゃんからヒントを得たんだっけ。
その燈子ちゃんと一緒に舞うって、すごいことやねえ。

総髪を垂らして投げ頭巾をかぶった彩乃くん……男の色気にクラクラする。
やだもう、かっこいいってば。
黒の紗の十徳という法師姿がまた色気を増してる。
舞台で、松山への想いを舞う椀久の彩乃くん。

♪独り焦がれる一人ごと 恋しき人に逢わせてみや
とかく心のやる瀬なき 身のはて 何とあさましやと
暫しまどろむ手枕は 此の頃見する現なり♪