彼は藤娘

遥香は、結局、大学院を目指すらしい。
上垣さんの東北転勤について行きたいと懇願したところ、「来るなら別れる」と拒絶されたそうだ。
すったもんだの果てに、現状維持の遠距離恋愛続行に落ち着いたらしい。
「しかも、遊びにも来るな、やって!会える回数激減で淋し過ぎる~!」

そんな風に言いながらも、遥香は卒論と大学院に行くための勉強だけじゃなく、得度(僧の資格を取ること)したいと目論んでいるらしい。
いずれは上垣さんのご実家のお寺で少しでも役に立ちたいなんて、遥香、ほんといじらしいわ。
上垣さんと出会う前とは、全く別人。


奈津菜は……奈津菜自身は変わらず、彩乃くんと同じ大学でわけのわからない研究をしている。
が、奈津菜の好きな佐野は、私たちの母校の教師を辞めた。
そして、佐野の別れた奥さんが、音楽教師として母校で再び教鞭を取っている。
どうやら、佐野のお母さまと奈津菜が、佐野と元嫁を同じ職場で働かせたくなくてタッグを組んで退職させたようだ。

呉服屋の若旦那となった佐野は、相変わらずゆる~く生きている。
奈津菜の当面の課題は、佐野の娘と仲良くなること。
……ちなみに、娘の名前は、奈津花。
佐野が音楽教師と結婚しても奈津菜のことを想っていたのは確からしいが……元嫁や奈津花ちゃんの気持ちを考えると……。
佐野、デリカシーなさすぎやろ。


燈子ちゃんは、昨秋、名取試験に合格した。
そして今日、歌舞錬場で初舞台を踏む。
それも、師匠である彩乃くんとの共演。

演目は、「二人椀久(ににんわんきゅう)」。
豪商の椀屋久兵衛が遊女の松山を想う夢を舞う、やたら色っぽい舞踊だ。
もちろん彩乃くんが久兵衛、燈子ちゃんが松山。
……ちょっと焼いちゃうぐらいイイ雰囲気だよ。

早朝、はるばるニューヨークから、燈子ちゃんの晴れ舞台を見るためにテオさんが来日した。
「テオさん、一昨日、今年もトニー賞にノミネーションされたんですってね。今年は受賞できはるといいですね。」
と、思わず日本語で話しかけたところ、

「……Tony……oh!Tony Award!……But whatever.」
と、テオさんに普通に英語で言われて、困った。

「セルジュ~!ヘルプミー!」
久しぶりに会ったセルジュにお願いしたけど
「僕は、フランス語専門~。」
と、スルーされた……英語も話せるくせに、イケズ!

普段なら、誰にでもフレンドリーな義人くんにテオさんを任せたいところなのだが……。