彼は藤娘

「……いや、やっぱり大学は出たほうがいいって。遙香、大学院行きたいって言うてたやん。」
食料をいっぱい持ってきてなぜかこの場に参加している義人くんがはじめに口を開いた。

「うん。そのつもりやった。けど、真秀さん、大変やろし、そばで支えてあげたいし……もしかしたら私でも何か役に立てるかもしれへんし。」
……気持ちはわかるけど……。

「上垣さんはどう言うてはるの?遙香に来て欲しい、とは、絶対言わはらへんと思うけど。」
燈子ちゃんのナイスツッコミに、遙香は口をとがらせた。
「ボランティアしたいなら京都でしろ、って。」

みんな、うんうんとうなづいて、ここにいない上垣さんに同意した。
遙香は、2本めの缶ビールを開栓してまた飲んだ。

「俺が行ってる施設にも、東北から避難して来はった人いはるで。津波で親を亡くした子もいてる。遙香、暇なら一緒に来るか?」
3回生になってから、あちこちの病院や介護施設、児童福祉施設をボランティアで回っている義人くんの誘いに、遙香は首をかしげて、それからうなずいた。

私は何も言えず、ただビールを飲んでいた。
京都に住む私たちにとって、東北は遠すぎて。

あの日。
私は、だれかのお土産の羊羹を切って、お家元とお茶を飲みながら……津波の映像に驚愕した。

お家元はすぐに東北の社中さんに連絡を取り、物資を送り、京都への避難を勧めていた。
神戸の震災の時と同じように。

でも、何年たっても遅々として、神戸のような復興を見込めない東北。
残念ながら、京都にいてはそのニュースすら聞かなくなった現状。
上垣さんの転勤に、急に身近に思えるようになるぐらい、本当に遠い話になっていた。

「東北、何年?」
彩乃くんの質問に、遥香は淋しげに言った。
「4月から、最短一年、最長三年。」

「ほな、ちょうどええやん。川村さんが大学卒業までか、修士課程修了まで、やろ。」
事もなげにそう言う彩乃くんに苦笑いする遥香。
……ツッコミたいけど、じっと我慢……「女大学」「秘書検定」「女大学」「秘書検定」…………。

「まあ、遠距離恋愛経験者としては、遥香の気持ち、わかるけど。でも逆に、今の遥香が東北に行って、何ができる?気持ちだけ強くても、中途半端なスキルと立場でできることって、しれてるんちゃう?」
燈子ちゃんの言葉は、そのまま、燈子ちゃん自身の葛藤なのだろう。

テオさんへの想いとニューヨークという街への畏敬で苦しむ燈子ちゃんを慮(おもんぱか)って胸が痛んだ。