彼は藤娘

こわっ!!!
本気だ、奈津菜。

私は、いくつかの諫言を飲み込んで、言葉を選んで言った。
「わかった。応援する。『女大学』と『秘書検定』本、貸したげる。」

奈津菜は、声をあげて笑った。
「何?それ!あきちゃん、苦労してるんやね。私はたぶん大丈夫。元々可愛がられてたし、佐野先生が結婚しはってからも、お母さまとは仲良くさせていただいてたし。」

「え!?」
初耳だ。
そしたら、なんですか?
佐野先生のお母さまは、奈津菜を気に入ってたから、突然妊娠して現れた音楽教師を受け入れられなかったのか?

「あのお母さまらしいわ。でも、そしたら子供さんが可哀想な気がする。なっちゅんが子供を産んだら、肩身狭くならはるね。」
どこから聞いてたのか、燈子ちゃんが腕を組んで障子に少しもたれるように立っていた。

……燈子ちゃん……かっこいいけどお行儀あんまりよくないです……てか、彩乃くんに似た無頼風……そんなとこまで師匠の真似せんでいいんですけど……。

「佐野、離婚するねんて。なっちゅん、後妻におさまるみたい。」
私がそう言いながら手招きすると、燈子ちゃんは天を仰いでため息をついた。
「師匠に『真面目な話っぽいから行ってきぃ』って言われて、何となくそうかな、って。あの女(ひと)、前はお店に出てはったのに、最近姿を見ぃひんかったから。」

……燈子ちゃんは佐野の実家の呉服屋さんで着物を誂えている……教え子価格にしてくれるらしい。

「……どう見ても、可愛いイイ子なんよね。」
「あ。なっちゅん、偵察って……」
佐野と音楽教師の子供を見てきたのか。
奈津菜はため息をついた。


すぐに燈子ちゃんはお稽古に戻った。
再来週、名取試験を受ける燈子ちゃんは、今まで以上に熱心に取り組んでいる。
お家元には、
「名取どころか師範試験も受かるんちゃう?」
と言われるぐらい上達しているらしい。

「燈子ちゃんは、卒業したらニューヨーク行っちゃうの?淋しくなるねえ。」
奈津菜のつぶやきに苦笑した。
「私らも淋しかったよ、なっちゅんが同じ大学じゃなくて。でも、ラインは繋がってるし、たまにはこうして逢えるし。どこで暮らしてても、もう大丈夫。それぞれの場所で幸せになってほしい。」

べったり一緒にいることが、友達じゃない。
この時は、本気でそう思っていた。

けど、夕方合流した遙香が、到着するなり持参した缶ビールを煽ってこぼした言葉に……私は自分でも思ってた以上に動揺した。

「真秀(まほ)さん、また転勤になりそう。京都に帰って来れると思ってたのに。東北に派遣されるらしい。大学辞めてついていこうか悩んでる。」

さすがに、誰もが絶句した。