彼は藤娘

どこから聞いてたのか、お家元がうなずきながら近づいてきた。
「ええこと言うてくれはるわ。ほんま、その通りやで、明子ちゃん。てっきり流産かと焦ったえ。腸捻転でよかったわ。」

「は!?流産!」
……そんな風に思われたのか……。

「でも、ちょっとうれしかったわ。あのひとがあんな風に言うてくれはったら、他のうるさい人らも多少は声ひそめはると思うえ。怪我の功名やね、明子ちゃん。」

「へ?」
意味がわからず、聞き返してしまう。

お家元は、コロコロと笑っておっしゃった。
「わからんぐらいがちょうどいいみたいやわ。明子ちゃん、あんまり無理せんと、普段通りでいいしな。……ほな、そろそろ副家元のとこ行ったげてくれるか?気分よぉならはるように、褒めたげてきて。」

私はお家元の言葉のニュアンスに少し照れた。
いつもなら、言葉に込められた裏の意味まで推しはかって深読みしようとしていた。
でも、もしかして、そのまま受け取ったほうがいいのかな。

例え、悪意が込めらていても気づかなければ傷つかない。
悪意には気づく必要ないのかもしれない。

わからんぐらいがちょうどいいみたいやわ。


彩乃くんの楽屋へ向かいながらさっきのお家元の言葉を思い出して、私はまた一つ肩の荷を下ろせた気がした。


「あき~。どやった?」
楽屋に行くと、既に化粧を落として、スッキリした顔で黒羽二重に着替えた彩乃くんがニコニコそう聞いた。

「綺麗やったわ。」
それだけ言って、セルジュと義人くんの顔を伺う。
2人はかすかに首を振った。
私のこと、言ってないみたい。

「それだけ?なあ、最初の出のとこやけど、」
彩乃くんの言葉は、義人くんに遮られた。

「あきちゃん、しんどそうやったから、今夜はパーティーも欠席したほうがいいわ。」
「途中でまた倒れても大変だしね、僕と義人が送るわ。」

彩乃くんは驚いたようだ。
「また、って……。」

義人くんは
「彩乃は、あきちゃんに苦労と世話かけすぎ。あきちゃんはしっかりしててもお前より体力はないんやから、もっと気遣ったげんと、ほんまに身体壊して取り返しつかんことになるで。」
と、ちょっと怖い顔で彩乃くんに言った。

それを聞いて、彩乃くんの顔色がさっと変わった。
私を心配する気持ちだけじゃなく、ちょっと不機嫌そう……怒ってへん?
……自分が怒られたと思ったんかなあ。

「じゃ、彩乃はパーティー、がんばってね。」
セルジュの言葉で、2人が立ち上がる。

「あ、ほな、今日はごめんね。明日は片付け手伝うし。」
後ろ髪を引かれる想いで、私は彩乃くんにそう言い残して楽屋を出た。

……彩乃くんは口をへの字にしていた……ああ、何か、怒ってるし……。