彼は藤娘

「……おかげさまで……激痛はないです……何だか、腸がビクビク痙攣してるみたいです……」

怖い先生も額の汗をぬぐわれると、
「そのまま、なるべくお腹を伸ばして待っときよし。」
と言い置いて部屋を出て行かれ、すぐにまた戻ってこられた。

「カイロ貼っとき。腸あったこうして、あんまり、しゃがんだり捻(ひね)ったりせんと、どーんとお腹はっとき。そしたらたぶん大丈夫やさかい。」

2枚の貼るカイロを開封して、痛んだところと、腰に貼って下さった。
嵐の後の静けさのように、穏やかな温もりが広がり、ビクビクと動いていた腸も落ち着いてきた気がする。

「大丈夫や思うけど、オナラと便が出えへんかったら病院行きや。……あんまりくよくよせんと、どーんと構えとき。」
怖い先生は最後まで怖い口調だったけど、ちょっと微笑んで去って行かれた。

……腸捻転って、ほんまに、走って治るのかな……。
私は、しばらく言われた通り、お腹をどーんと投げ出すようにそって座っていた。


「あきちゃん?だいじょうぶ?」
そう言いながら駆け付けてくれたのは、燈子ちゃん。

「……あ~……痛かった……。死ぬかと思った……。若白髪出たかも。」
足を投げ出して座ってるのでちょっと恥ずかしい。

「大変やったね。腸捻転やって?お家元に頼まれて見に来たんやけど。病院行かんでいい?」
あの先生、お家元に伝えてくれはったんや。

「大丈夫、やと思う。もう腸ぐるぐる動いてるし。彩乃くんには?黙っててくれてる?」
「もちろん。師匠に言うたら、すっ飛んで来はるわ。」

……うん、そう思う。
さすがにこの場で、それはまずい。
諸先生がたの前では、お互いのやるべきことを、それぞれの場所できっちり果たさないと……何を言われるか!

「ありがとう。ほな、このままゆっくりさせてもらおうかな。あと、お客さん来はる前にお茶席のほうもチェックしたかってんけど……」
燈子ちゃんがため息をついて、私の肩を叩いた。
「大丈夫。彩乃くんの大叔母さまもいらっしゃるし。あきちゃん、何もかも背負おうとしすぎ。もっと肩の力抜いて、他の人に任せたらいいねんで?」

そう言われて、ちょっとしゅんとした。
肩肘張りすぎ、か。

もっと慎ましくならんと、彩乃くんと似合わへん?品が落ちる?

ほろり、と私の目から涙がこぼれた。



「せやから、秘書検定勉強しい、ってゆーてるやん。弱気になってんと。でしゃばらんと控えめ風に擬態してたらええんやから。」
燈子ちゃんと入れ違いに来てくれた義人くんが、そう言った。