彼は藤娘

……品。
それは、確実に私の心に楔(くさび)を打ち込んだ。

声が遠のいたのを待って、私も部屋を出る。

シャンとしなきゃ、と思うのだけど動揺を押さえきれず、少しつんのめった拍子に……いったーい!
お腹にキリリッ!!と、激痛が走る。

め、めちゃくちゃ痛いっ!
やばいっ!
これは、知ってる!
腸捻転!
きゅ、救急車~!
痛くて動けない。

廊下にうずくまって脂汗を流し唸っていると、背後から声をかけられた。
「村上さん?どうしはったん?」

……この声……さっきの人らにいた……まだ残ってはったんか……
私は何とか虚勢を張ろうと起きあがろうとするのだが、顔を上げるのがやっと。

「……何でも、ありませ……。」
痛みで声もかすれる。
てか、顔をよく見ると、かなりうるさ型の先生なので、私は言葉を失ったのかもしれない。

「いや!顔真っ青ですえ!どこ痛いん?さしこみどすか?」
さしこみ……あ~、昔の言葉ならそうかも。
癪(しゃく)とか言うんかな。

「はい。たぶん……腸捻転かと……」
それだけ言うと、また私は激痛に耐えかねて、うずくまった。

すると先生は、私の腕を引っ張り上げようとした。
いてててて!
「腸捻転やったら全力疾走しはったら大概(たいがい)治ります!走りよし!」

はあっ!?
何だ!?その民間療法は!

思わず先生を見る。
イケズじゃなく本気で言ってらっしゃるようだ。
てか、走るも何も、まず立てないんですけど。

「はよっ!こんな日にこんなとこに救急車なんか呼べませんえ!みっともない!」

痛みに七転八倒してる私に、そんなこと言う!?
……イケズじゃなくても、怖すぎっ!

「……芳澤流の看板に泥つけるつもりどすか?」
いつまでも立てない私に舌打ちしてそう言い放つのを聞いて、さすがに私は耐えきれなくなった。
「走ってきます!」

立ち上がって、ふらふらになって廊下に出る。
自分では走ってるつもりだが、痛みで体が思いっきり前傾姿勢になり、私はそのままつんのめって、廊下に倒れた。

目が回ってる……貧血みたいになってる……

「……まあ、実際に腸捻転の時に全力疾走できる人なんかほとんどいはらしませんけどねえ。」
ため息をつきながら、私に走れとけしかけた怖い先生が近づいてきて、私の両手を持って背中をそらすように引っ張った。

なんだなんだ?

「ちょっとはマシですやろ。痛いやろけど、引っ張りますえ。すとーれっち、ですわ。」
いろんな方向からぐいぐいと引っ張られる。
座った姿勢、仰向けにそった姿勢、横向き。

体をゴロゴロ転がされあっちこっちから引っ張られると、確かにあの激しい痛みはおさまっていた。
「どないですか?」

脂汗まみれながら、私は一息ついた。